「導師イオンは儀式の真っ最中だ。大人しくしててもらおう。」




―Episode.6




オアシスから東へ何キロも歩かないうちに遺跡は見つかった。
日差しが完全に遮られた地下の遺跡を進み続けると、やがて奇妙な扉の前にたどり着く。
そこにはイオン、アッシュ、ラルゴそしてシンクがいた。
アッシュらはイオンに『何か』をさせようとした所で、ルーク達が来たことに気付くとラルゴが立ちはだかるようにしてそう言った。
それを聞きながらシンクもルーク達をイオンに近づけないよう前に出てくる。




「シンク!ラルゴ!!イオン様を返して!!」

そんな二人に臆することなくアニスが踏み出る。
しかしシンクは一蹴する。


「そうはいかない、奴にはまだ働いてもらう。」


シンクの言葉に今度はルークが腰の剣を抜いて構える。



「…なら力ずくでも…!!」
「これは面白い、タルタロスでのへっぴり腰からどう成長したか見せてもらおう。」
「は、ジェイドとに負けて死に掛けた奴がでかい口叩くな!」
「ははは!違いない!だが今回はそう簡単には負けんぞ。」


ルークの挑発を豪快に笑い飛ばし背の大鎌を構えるラルゴ。
それと同時にシンク、そしてルーク達も身構える。



「六神将烈風のシンク、本気でいくよ。」
「同じく黒獅子ラルゴ、いざ尋常に勝負!」

シンクとラルゴは別々のタイミングで地を蹴った。
ルーク達は7人、相手は2人。回復の行えるティアとナタリアは必然的に分散することになった。
シンクにはジェイド、アニス、ガイとティア。ラルゴにはルーク、、ナタリアが着く。



「んのやろ!!」
「甘い!」


先手必勝とも言わんばかりにルークが地面を蹴ってラルゴの上から剣を振り下ろす。
しかしラルゴは余裕の表情でその一閃を鎌の柄で軽々ガキンと音を響かせ受け止める。そのまま反動を利用してルークを弾き返した。



「フン、タルタロスで腰を抜かした小僧が少しはマシになったか。
 しかしそんなへっぴり腰の蚊のような攻撃ではこのラルゴは倒せんぞ。」
「んだとぉ!!?」
「清澄なる風の洗礼を受けよ 『エアスラスト』!」
「ちっ!」

ラルゴが大鎌を振り上げルークに近づく寸前でが譜術を放つ。
ラルゴの周りに真空の刃が渦を巻いてラルゴを襲う。ラルゴはその巨体ながらギリギリでそれらを全て交わして下がる。
その間にはレイピアを構えながらルークの横に走り寄る。
ラルゴは面白いものを見たような眼で笑った。



「ルーク、敵の挑発にのるな、思う壺だぞ。」
「うっせ!わかってる!!」

ルークは立ち上がりすぐさま真正面からラルゴに向かう。
はその背後でレイピアを真横に構えて、左手を切っ先に沿え詠唱体勢に入った。



「山嶺に眠りし風の神 汝の扇…」
「させるか!!」


ラルゴは再びルークを弾き飛ばしての詠唱を妨害しようと転換し、リーチの長い大鎌を真横に振った。
しかし既にそこにの姿はない。
ラルゴは自分の背後に気配を感じると俊敏に振り返る。


「瞬迅剣!」

それと同時にが鋭い突きをラルゴの顔面に向けてみまう。
ラルゴはギリギリで大鎌の柄を挟み軌道を逸らした。
交わされたことに気付くと彼女はすぐさまラルゴと距離をとった。
ラルゴが鎌を下ろすと、男の頬に紅い筋が一本はしり、そこから雫が首元に伝う。
ラルゴは其れを手の甲で拭うと、ク、と笑った。



「詠唱は俺をおびき出す為の囮か…。やるな、女、貴様の名を聞いておこうか。」
「…。」
「覚えておこう。」

ラルゴとは同時に地を蹴った。
今度は上に大きく鎌を構え振り下ろすラルゴだが、鍔迫り合いで自分に勝ち目は無いと見極めていたは横に交わす。
そして頃合を見計らってラルゴの背後を取っていたルークに気付くと真正面から走りこんだ。



「おもしろい!真正面から力で俺に挑むか!」
「今だルーク!!」
「何?!」
「偉そうに命令すんな!!守護方陣!!」

がラルゴに突進するようにみせかけ再び横に飛ぶ。
ラルゴが鎌を空ぶらせた隙にルークが背後に走り寄り、地に陣を描いて光による衝撃波を喰らわせた。



「…ぐっ!」


前に気を取られていたラルゴはその攻撃をまともに喰らい、ガクと膝を着いた。


「ふ、俺としたことが、お前に気を取られる余り小僧の存在を忘れておったわ。
 お前とはいずれ一騎打ちでもしてみたい…。」
「私はお前と張り合う気はない、止めを刺したのはルークだ。『力』では私はお前に叶わぬ、ラルゴ。」
「ハハハ!喰えぬ女よ。」


ラルゴは豪快に笑うが膝を着いたまま鎌から手を離し、戦意が失われたことを示す。
ルーク、ナタリアはそれを見届けるとそれぞれの武器を下ろした。
それとほぼ同じタイミングでジェイドたちが相手をしていたシンクも肩で息をしていた。




「二人がかりで何やってるんだ屑!!」

シンクとラルゴの背後でアッシュが罵声を浴びせる。
それと同時に自分の剣を抜くとルーク達に向かって走りこんできた。
そこへルークが飛び出し金属同士がぶつかり合う独特の音が火花を散らしながら響いた。


「「双牙斬!!」」

ルークとアッシュが同時に同じ動きで同じ技を放った。
互いの剣圧で強制的に距離が離れた時にルークは驚いた表情で口を開いた。



「今のは…師匠の技だ!どうして其れをお前が使えるんだ!」
「決まってるだろうが!同じ流派だからだよボケが!!俺は…」
「止めろアッシュ!」

ルークの問に、怒鳴るようにアッシュが言葉を繋ぐ、そのまま怒りに勢い任せたまま何かを言おうとした瞬間にシンクが間に入って止めた。
それに気付いて口を閉ざすが、アッシュは未だに肩で息をしながらルークを睨みつけていた。



「ほっとくとアンタはやりすぎる。剣を収めてよ、さぁ。」

シンクが押しのある物言いでそう告げるとアッシュは忌々しげに剣を収めルーク達に背を向けてそのまま黙った。
それを見届けるとシンクはルーク達に振り返った。



「取引だ、こちらは導師を引き渡す。その代わりに此処での戦いは打ち切りたい。」
「このままお前らをぶっ潰せばそんな取引成り立たないな。」

シンクの持ち出した話にガイはすぐさま反論する。


「よせガイ。ここが砂漠の下だということを忘れたか。」

今度はが口を挟んで止める。
シンクがそれを聞くと便乗するように言った。



「その女の言う通りさ。アンタ達を生き埋めにすることも出来るんだよ。」
「無論此方も巻き添えとなるが我々はそれで問題ない。」


ラルゴたちの言葉にティアが取引に応じるようにルークを諭す。
今は目の前の六神将よりもイオンを奪還しアクゼリュスへ行くべきだ、と。
ジェイドもルークの背後で、陸路を進んでいる分自分達は遅れていると釘を刺す。
ルークはやや納得いかないような表情を見せたが、最終的にはそれに応じ、全員が遺跡を後にすることとなった。









「ようやくケセドニアまで来たな。」
「此処から船でカイツールへ向かうのね。」


炎天下の中、一度オアシスで休憩を挟み、ルーク達はケセドニアに着いた。
船までの案内はマルクト側の領事館までいけばいいというジェイドの言葉に従い、領事館を目指す。

しかしキムラスカ側の宿屋の前でルークがいきなり膝を着いた。
驚いたティアとミュウが彼に近づく。


「ご主人様、大丈夫ですの?」
「ルーク、しっかりして!」

「だ、黙れ!俺を操るな!!」


ティアの言葉ともミュウの言葉とも違う、幻聴の相手恐らくアッシュに対してルークは苦しそうに言った。
しかしルークはその声に逆らえなかったのか不安定なバランスで立ち上がり剣を抜いてティアに向けた。



「ルークどうしたの?!」
「ち、違う、体が勝手、に…や、やめろ!!!」


ルークが叫ぶように言うとルークの周りを取り巻いていた光がフッと消え、其れと同時にルークが倒れた。
ガイがすぐさまルークを支えながら急遽宿屋に向かう。




「大佐、ルークのこと何か思い当たる節があるんじゃないんですか?」
「アッシュというあのルークにそっくりの男に関係があるのでは?」


ベッドで意識を失っているルークをミュウが心配そうに見守る横でアニスとナタリアが続けて問う。
ジェイドは横たわるルークにちらりと視線をやってから自分の眼鏡に手を当てた。



「今は言及を避けましょう。」
「ジェイド!もったいぶるな。」

ガイが珍しく言葉に怒を重ねて反論する。



「もったいぶってなどいませんよ、ルークのことはルークが一番に知るべきだと思っているだけです。」
「…俺が…どうしたって?」


ジェイドがそういったところでルークが眼を覚ました。
煩わしそうに頭を片手で抑えながら問うルークにジェイドは「いえ、なにも。」と話を逸らした。
そのままルークがもう操られている感じはしないと知ると、コーラル城でディストがなにかしたんだろうとジェイドが告げる。
ディストを捕らえたら術を解かせることを約束して話は終わった。


ルーク達は今度こそマルクト側の領事館へ向かった。
そこでルーク達を迎えた領事はヴァンから伝書鳩が届いているといった。
その内容によるとヴァンは既に先遣隊と供にアクゼリュスへ向かっているとのこと。
追いつけたかと思っていたルークはひどく落胆する。

「僕たちも急がなければ。」

イオンのその言葉を合図にルーク達は領事の部屋を出ようと出口へ向かう。


「ガイ!?」

しかしそこで突然ガイが苦しそうに膝を着いた。
驚いたルークが近づくがガイはルークを後方へ突き飛ばした。



「痛てて…おい、まさかお前もアッシュに操られてるんじゃ…!」
「いや…別に幻聴とかは聞こえねぇけど…」


息を苦しげに吐きながらガイが答えるとジェイドが彼の側に寄った。


「おや、腕に傷が出来てますね。この紋章の様な形…まさかカースロットでしょうか。」
「人間のフォンスロットへ施すダアト式譜術の一種か?」
「よくご存知ですね、そのとおりです。
 脳細胞から情報を読み取り刻まれた記憶を利用して操るんですが…」


が様子を見ながら言ったところでイオンが驚いたように口を開く。
イオンが最後まで説明せず語尾を濁したところで領事が医者か治療士を呼ぶかと聞いた。
しかしガイは自分は平気だと答え、イオンはカースロットは術者との距離で威力が変わる、それなら急いでケセドニアを離れたほうがいいといった。
ルークはガイの様子が気がかりだったが、本人がそういうならと、足早に船に乗り込んだ。

すると不思議な事に乗船しケセドニアを離れた途端ガイの腕から痛みが引いた。



ルーク達の船はそのまま何事もなく、アクゼリュスへ行く前に越えなければならないデオ峠に着いた。






「ちぇ、師匠には追いつけなさそうだな…砂漠で『寄り道』なんかするんじゃなかった。」

デオ峠の麓でルークが嫌みったらしく愚痴を零す。
ルークが言う『寄り道』とは紛れもなくザオ遺跡のイオン奪回の件。
誰もが一瞬でそれに気づき、誰よりも早く口を開いたのはアニスだった。



「寄り道ってどういう…!…意味、ですか…?」

怒りの余り思わず素の自分が出そうになる寸前で敬語に戻す。
しかしルークはアニスの言葉など屁でもないかのように振り返った。



「寄り道は寄り道だろ。今はイオンが居なくても俺が居れば戦争は起きねーんだし。」
「あんた…バカ?」
「ルーク、私も今のは思い上がった発言だと思うわ。」
「この平和はお父様とマルクトの皇帝が導師に敬意を払っているから成り立っていますのよ。
 イオンが居なくなれば調停役が居なくなりますわ。」


思慮のかけらもないルークの発言にアニス、ティア、ナタリアが反論する。
しかしナタリアの言葉を聞いたところでイオンが無表情のまま俯き首を横に振った。



「いえ、両国とも僕に敬意を持っているわけじゃない。
 『ユリアの遺した預言』が欲しいだけです、本当は僕なんて必要ないんですよ。」
「そんな考え方には賛成できないな。イオンには抑止力があるんだ、其れがユリアの預言のお陰でも。」
「なるほどなるほど、皆さん若いですねぇ、じゃ、そろそろ行きましょうか。」


ガイが咎めるように言ったところで、ジェイドが不謹慎にも笑みを浮かべながら言葉を挟む。
そのままデオ峠にむかって歩き始めるジェイドに一行は重々しい空気を背負いながら後に続いた。



「ルーク。」
「んだよ。」


傲慢な態度で突っ立っていたルークにが声を掛けた。



「お前はどういう根拠の上でイオン殿無しに自分が戦争を止められると思っている?
 その考えは自分で編み出したものか?誰かに吹き込まれその気になっているのではないか。」
「俺が英雄だからだよ!ごちゃごちゃ口挟むな!!」


不機嫌なまま吐き捨てるように言うと、ルークは一刻も早くヴァンに追いつこうと先頭を切って歩き始めた。





「はぁ…はぁ…」


漸く峠の折り返しが見えてきた急な坂道に差し掛かったところでイオンが膝を着いた。
アニスとティアが駆け寄って体を支えアニスが皆に休憩を求める。
しかしルークは開口一番に愚痴を吐いた。



「休むぅ?何言ってるんだよ、師匠が先に行ってんだぞ?!」
「ルーク!宜しいではありませんか。」
「そうだぜ、きつい山道だし仕方ないだろう。」


ナタリアとガイの諌めにルークは耳を傾けないどころか傲慢に口を開いた。



「親善大使は俺なんだぞ!!俺が行くって言えば行くんだよ!!」
「あ…アンタねぇ…。」


アニスが怒髪天を衝かんばかりの声でルークを睨む。
その背後で立っていたが前に出てきた。




「ルーク、何を急いでいる?一刻も早くアクゼリュスを救う為か?
 …それともただヴァン殿に早く会いたいが為だけに我を通そうとしているのか?」
「うっせぇな!『大罪人』が俺にでかい口聞くんじゃねぇよ!!!」
「ルーク!あなた「よせティア、事実だ。」

ルークの言い草にティアが口を挟む。
しかし自身がそれをティアの前にでて更にルークに近づきながら腕を伸ばして止めさせる。
ティアが納得いかないまま「でも…」と言い出す前に更に口を開いた。




「確かに、親善大使殿であるルーク様にとって私のような下賎な『大罪人』の言葉など耳障り以外の何物でもないだろうな。」
「!おいまで何を…」

今度はガイが口を挟むが其れに構わず続ける。



「だから、これから私が言うことも罪人の戯言として流して構わん。
 …このままイオン殿の体調も気遣わず強行してヴァン殿に追いついた所で、お前はヴァン殿にどう説明するつもりだ?
 自分の同行者の事すら気遣えない心の狭い弟子を持ってしまったことをヴァン殿はどう思われるだろうな。」
「・・・・なんだと・!?」

ルークは反論してやろうと言葉を捜すが、結局グッと息を呑み拳を握るだけに止まった。


「では、少し休みましょう、イオン様宜しいですね。」

何も言い返せなくなったルークを見てジェイドが言った。
更に重苦しくなった空気をルーク以外の全員が感じながらその場に腰を下ろす。

「ルーク、すみません僕のせいで。…それに、も…。」
「…イオン殿が謝られるようなことはひとつもない。」









。」


他の皆から少し離れた所で腰を下ろしていた彼女にガイが声を掛けた。
無論近づくことは出来ないからその二人の間には6メートル以上の距離がある。



「なんだ。」

が顔を上げてガイを見る。
ガイは一度視線を横に流して後頭部を右手で書きながら言葉を探すように口を開いた。



「その、なんだ、さっきは…すまない。ルークはちょっと焦りすぎてんだよ。」
「…何故お前が詫びるのかは知らないが別に私は気にしていない。ルークが言ったことは紛れもない事実だ。
 それに私も少々大人気ない物言いをした。しかしあぁでも言わねばルークは更に自分で気付かぬうちに自分の首を絞めるだろう。」
「・・・・・・・。」


ガイがなにか言葉を紡ごうと逡巡していた矢先に、珍しいピンクの羽をした小鳥が前触れもなく二人の間に飛んできた。



「…スノーローズ…か?珍しいな。」

二人の間に降り立ち地面を啄ばみながら歩き回る小鳥を見てガイが言った。
小鳥は急に腰を下ろしているの側へ近づく。
そのまましばらく彼女の周りを旋回していた途中での肩で羽を休めた。
それを見ていたが手を伸ばすと小鳥は、ちょんと彼女の指先に止まり彼女の正面を見るように立った。



「どうした…、道に迷ったのか?ここはお前の故郷ではないぞ。」

今まで聞いたことの無い程穏やかな声で小鳥に話しかける。
小鳥も言葉を聞こうとしているのか小さく丸い眼を逸らさず、時折首を傾げながら見ていた。


「ケテルブルクはもっと北だ、ここの気候はお前には暖かすぎる。…気をつけて行け。」
「!」



はまたフーブラス川で一瞬見せた微笑を浮かべ、少し勢いをつけて腕を宙に上げる。
その反動を余すことなく利用し元気良く羽ばたいた小鳥は迷うことなく北へ飛んで行った。
姿が見えなくなるまで見届けていたの表情はやはり穏やかであった。




「…。」


ガイが呼びかけ彼女が振り返ったときは既にいつもの表情に戻っていた。



「俺は…時々不思議に思う、…お前は」





「おーい!もういいだろ!?そろそろ行くぞ!!!」



ガイが何か言いかけたところで、一人先頭で座っていたルークが不機嫌そうに全員に言った。


「私が、なんだ?」

一度阻まれたまま続きを紡ごうとしないガイに立ち上がりながら聞く。


「いや、悪い、なんでもないんだ。」
「…?そうか。」

「お二人とも、早く行かないと親善大使様がご立腹ですよ〜。」



ガイたちの前方でジェイドが皮肉交じりにそう告げたのを合図に二人はそれぞれのペースで歩き出した。







「止まれ!」



峠の折り返しもこえ、アクゼリュスはもう目の前。
そこまで来たとこで、女の鋭い声と放たれた一発の銃声がルークの足元の土を抉った。

ティア達が見上げるとそこにはリグレットがいた。


「ティア、何故そんな奴らといつまでも行動を供にしている。」
「モース様のご命令です。教官こそどうしてイオン様を攫ってセフィロトを回っているんですか。」

冷静なリグレットの問にティアは鋭く返答しそのまま問いを投げ返した。
リグレットは表情一つ変えずに答える。



「人間の意志と自由を勝ち取る為だ。」
「…どういう意味ですか。」

更なるティアの問いにリグレットは構えていた2丁の譜業銃を降ろす。
そのままどこか遠くを見るように空を見上げた。



「この世界は預言に支配されている。何をするのにも預言を詠みそれに従って生きるなどおかしいとは思わないか。」
「預言は人を支配する為にあるのではなく、人が正しい道を進むための道具に過ぎません。」

イオンの静かな反論にリグレットは視線を下ろす。



「導師、あなたはそうでもこの世界の多くの人々は預言に頼り支配されている
 酷い者になれば夕食の献立すら預言に頼る始末だ…お前たちもそうだろう?」


「そこまで酷くはないけど預言に未来が詠まれているならその通りに生きたほうが…」
「誕生日に詠まれる預言はそれなりに参考になるしな。」
「そうですわ、それに生まれたときから自分の人生の預言を聞いていますのよ、だから…」

誰に向けたわけでもないリグレットの言葉にアニス、ガイ、ナタリアがそれぞれ答える。
ジェイドはその様子を見ながら何か考えるように眼鏡を中指で抑える。



「…結局の所、預言に頼るのは楽な生き方なんですよ。
 もっともユリアの預言以外は曖昧で読み解くのが大変ですがね。」
「そういうことだ、この世界は狂っている。誰かが変えなくてはならないのだ。」

そこまで言い切るとリグレットは再びティアに、自分達と供に来いと告げる。
しかしティアは兄、ヴァンの忠実な片腕である自分の教官のところには兄の疑いが晴れるまで戻れないと拒絶した。
それを聞くとリグレットは再びルークの足元に銃弾を放つ。



「ティア!その出来損ないの側から離れなさい。」
「出来損ないって俺のことか?!」

リグレットの言葉にルークが声を荒上げる傍らでジェイドが険しい表情で進み出た。


「…そうか、やはりお前たちか、禁忌の技術を復活させたのは。」
「ジェイド!いけません知らなければいい事も世の中にはある。」

静かな怒りを露に、それでいて何処か苦しげな声を出すジェイドをイオンが諌める。
イオンがそう口を挟んだことにジェイドは再び驚いたような顔を向けた。


「イオン様、ご存知だったのか!」


「な、なんだよ俺を置いてけぼりにして話を進めるな!
 何を言ってるんだ、俺に関係あることなんだろ!!?」


自分は親善大使であるはずなのに、どうして存在を無視されるようなことをされなければならないのか。
ルークはどうしようもなく募る苛立ちのままに言葉を投げる。
しかし其れに対してもジェイドは答えることはなかった。



「誰の発案だ、ディストか?」
「フォミクリーのことか?知ってどうなる。賽は投げられたのだ死霊使いジェイド!」

ジェイドが槍を取り出して切りかかる寸前にリグレットは閃光弾を放って姿を消した。



「…くっ、冗談ではない!!」

ジェイドの怒りの声が辺りに反響した。


「大佐…珍しく本気で怒ってますね…」
「…失礼、取り乱しました、もう…大丈夫です。アクゼリュスへ急ぎましょう。」

アニスの控えめな問にジェイドは一度目頭を怒りを鎮圧させるようにギュッと押さえ歩き出した。
見たこと無い男の変貌にティア達は一瞬遅れを取るが、やがて動き始める。



「ふざけんな!俺だけ置いてけぼりにしやがって。何がなんだかわかんねーじゃんか!」
「ご主人様…怒っちゃ駄目ですの…。」
「どいつもこいつも俺を馬鹿にして…!俺は親善大使なんだぞ!?
 師匠だけだ…俺の事わかってくれるのは先生だけだ…。」


聞こえているはずのルークの言葉は誰の足を止めることなく峠を抜けていった。






***





「こ、これは…」
「想像以上ですね…。」


足止めを喰らいながら漸くたどり着いたアクゼリュスの現状にルーク達は唖然とした。
人がゴミのようにあちこちで倒れ、村全体は薄紫色の瘴気でどんよりと包まれていた。
瘴気で動けないものに手を貸そうとする鉱夫の姿もあったがその男の顔もよくない。
しばしその場で動けなくなっていたルーク達の中で、ナタリアが側に倒れている村人に走り寄った。



「お、おいナタリア、汚ねぇからやめろよ伝染るかもしれないぞ。」

場をわきまえないルークの言葉にナタリアはキッとした表情で振り返る。


「…何が汚いの?何が伝染るの?!馬鹿なこと仰らないで!!」

僅かに涙声を混じらせながら言うとナタリアはそのまま村人に治癒術を施した。
治癒術をかけ終えた後、一人他の村人よりは幾分顔色がいい、いかにも鉱夫な体格をした男がやってきた。
男は名をパイロープといい瘴気で倒れた村長の代わりに自分が雑務を負っていると告げる。
ナタリアが、自分達はピオニー陛下の依頼で救出に来たことを伝えると
パイロープは先に来ていたヴァンたちから大筋の話しは聞いており、彼は坑道の奥で仲間を助けてくれていると答えた。
其れを聞き、ティアは何も動こうとしないルークに、辺りの様子を確認したら坑道へ行こうと促した。
ルークは自分がなすべきことがわからずティアの提案にただ二つ返事を返すだけだった。




「グランツ響長ですね。」

ルーク達が問題の14坑道へ入ろうとした所で神託の盾の兵士、ハイマンがティアを呼び止めた。
そのハイマンの話によると、捜索中の第七譜石らしきものが発見されたらしい。
しかし真偽のほどは掘り出してみない限りわからないとのこと。
その報告を受け、イオンはティアに、自分はルーク達と先遣隊を追うから第七譜石を確認しに行くように頼む。
ティアは其れを了承するとハイマンについていった。
ティアの一時脱退を見届けたところでルーク達は再び坑道の中へ入っていった。




「しっかりしてください、今助けますわ。」

坑道の奥へ奥へと進むにつ居れ紫煙は色濃く濁り濃度を増す。
暫く進んだ広場のような所で10人近い鉱夫が倒れているのを見つけルーク以外の全員はそれぞれ走り寄り応急処置を施す。
途中で坑道の入り口付近が騒がしくなってきたのが聞こえジェイドが一人引き返した。




「ナタリア、ここで大丈夫か?」

一人一人に治癒術をかけていてはないキリがない。
そう判断したは以前フーブラス川でアリエッタたちを運んだ風の譜術でナタリアの側へ患者達まとめてを運ぶ。



「えぇありがとうございます。」

そう礼を告げるとナタリアは詠唱を始める。
柔らかな治癒の光に包まれた鉱夫達の顔色が徐々に良くなっていくのを見ながらはナタリアの顔を見た。
その視線にナタリアが気づき自分の横にいる彼女に振り返る。



「どうかしましたの?。私の顔に何かついていまして?」

その声にハッとしたかのようにが口を開いた。



「…そうではない。…私はティアやナタリアのような治癒術は使えない、と思ってな。」
「しかしそれは…」
「判っている、此ればかりは第七音素の素養がなければ出来ぬということは…どうしようもないという事も。…それでも…」


はそこで自分の掌を返して遠くを見るように其れを眺める。



「私の手に治癒術は…生を育む力は存在しない。
 私の手から生まれるのは破壊のみ。決して何かが生まれる事も蘇る事もない…。
 昔はこのような感情は抱いたことはなかったのに、なぜか今はこの現状が…とても…口惜しい…。」
「・・・・・・・。」
「すまない。こんな状況の時に無駄な話をしすぎた。もっと奥に倒れている者が居ないか見てくる。」



はそういうとナタリアが何か言いたげなのを遮り、マントを翻してナタリアに背を向けた。
ナタリアはなんとなく初めての奥底の声を聞けたような感じを受けながら彼女の背中をボンヤリと眺めていた。






―ルークが居ない?…それにイオン殿まで…。




瘴気が充満していたそこでが気付いた。
周辺を見回してみると瘴気のせいで見にくく隠れてしまった奥へ続く道を見つける。
その奥からかすかに声が聞こえたのを聞き取りその方へ向かった。




「これはダアト式封咒…ではここもセフィロトですね。此処を開けても意味がないのでは…。」
「いいえ。このアクゼリュスを再生する為に必要なのですよ。」
「イオン頼むよ先生の言う通りにして居れば大丈夫だから。」
「…イオン殿、ルーク。…それにヴァン殿…。」


聞こえてきた声を頼りに奥まで行くとイオンたちがいた。
ヴァンは一瞬意外そうな顔を見せるがすぐいつもの落ち着いた表情に戻る。



「これは殿。此度もルーク達を助けてくださるとは…。」
「ヴァン殿。貴公お一人か?他の先遣隊はどちらに…?」


の問いにヴァンは答えずに笑うだけだった。



「ちっ!おい、師匠の邪魔すんなよ!イオン、早くこの扉を開けてくれ。」
「…わかりました。」


イオンは納得しきれないまま、ステンドグラスが施されたような不思議な文様の扉に両手を翳した。
するとそのステンドグラスのような文様がパズルのように組み合い、そして外れていくとその扉が静かに開いた。


ヴァンが先頭で入り、続けてルーク、イオンが入る中、もそれに続こうとした。
それに気付いたヴァンが振り返る。



「あなたも入られる気ですかな?」
「導師守護役がいないイオン殿を放ってはおけない。
 …それとも、私が入ることで貴公に何か問題があると…?」
「…いえ、どうぞ貴方の意思のままに。」


ヴァンの言葉を聞くとはイオンを庇うように彼の前に立った。
ヴァン達は足早に、螺旋状の階段を進んでいく。



「ここは…ザオ遺跡やシュレーの丘と同じ…」

そうイオンが言ったその場所は外界と完全に遮断されていたかのように空気が澄んでいた。
教会の様などこか厳粛めいたその場所には長く続く螺旋の階段が下へ下へと伸びていた。
その様子を見ながらがイオンにのみ聞こえるような声で口を開いた。



「イオン殿、出来るだけ私の側に居て頂きたい…。あなたには申し訳ないが、私はあの男…ヴァンがどうも引っかかっている。
 あなた自身に直接危害を加えるようなことは無いとは思うが、念のために…。」
「…わかりました、ありがとう、。」


力なくイオンは笑って答えた。




「ルーク此方へ。さぁルークあの音機関パッセージリングまで降りて瘴気を中和するのだ。」

階段を一番下まで下りると更に奥へ進める道が存在した。
そこでヴァンが先に入りルークにくるよう指差したその先には、淡い光を放ち続ける不思議な塔のような機関が聳えていた。
ヴァンから出てきた『中和』という言葉に、イオンがを挟んで立っていたルークに振り向いた。



「どういうことです、中和なんて出来るんですか?」
「それが出来るんだ、俺は選ばれた英雄だからな。」


なんの決定的な根拠も無い答えを返したルークはヴァンと供にパッセージリングの側へ寄った。
イオンが不思議そうに見つめる横で、は離れていく二人の背中を、いつでもレイピアが抜ける様に警戒している。


「さぁ、超振動を発生させなさい。」

ヴァンが穏やかにそういうとルークはパッセージリングの頂上を見上げ両手を翳した。
そこで男は誰にも見えないように嗤った。


「よし、そのまま集中しろ。」

ルークが言葉のままに眼を閉じるとルークの体の中から強い光があふれ出した。



「…さぁ愚かなレプリカルーク、力を解放するのだ!!」

ヴァンがそう大声を出すとイオンは何かに気づきルークを止めようと走り出した。
しかしその瞬間ルークからの光が一層輝きを増し強い衝撃波が生まれそれと同時に地面が大きく揺れ始める。
真正面から衝撃波を受けたイオンは壁に飛ばされる。



「イオン殿!!」

は行き成り吹き飛ばされたイオンを両手で受け止めた。
そのままイオンを壁際に庇いレイピアを抜いた。



「イオン殿!壁から離れず身を屈めておられよ!!」
!」


イオンが止めるより早くは踵を返し、レイピアを構えながらヴァンの元に走った。


「ルーク!よせ、その男から離れろ!!」

ルークの背に必死で問いかける彼女にヴァンがレイピアを大剣で阻んだ。
金属同士が擦れあう音を聞きながら二人の距離は鼻先まで近づく。



「邪魔はさせん。」
「…!貴様、一体何をするつもりだ、ヴァン!」

ヴァンは口端をつりあげ不気味な笑みを浮かべた。



「…それはお前が良く知っているのではないか?『大罪人』よ。」
「貴様…まさかアクゼリュスを…!」
「クク…お前は使える『大罪人・プルーマ・ラペルソナ』…いや、『破壊兵器(ワステフラー)』!」
「な、…に…?!」


ヴァンから飛び出した言葉にのレイピアから一瞬力が削がれた。
そこに生じた隙を逃すことなくヴァンは一度弾いてから横に構えた。


「はぁっ!!!」

「!しまっ…!!」


ヴァンが渾身の力で放った横薙ぎはをレイピアごと壁に吹き飛ばした。
一瞬で飛ばされたは背中をドンッと鈍い音で無防備にぶつけそのままずるずると崩れ落ちた。


!」

驚いたイオンが駆け寄る。
しかし彼女はレイピアを右腕から離さず、ヴァンを睨みつけながら壁を背もたれにユラリと起き上がった。
強く体を打ち付けられた衝撃でやられた右肩を庇うように左腕を添えていた。


その様子を嘲笑う様にヴァンが見ていた。



「…ほう、アレだけの衝撃を受けておきながらよく立ち上がれたな。
 しかしそれだけ頑丈でなければ役には立つまい。」
「な、んの…こと、を…。」


苦しそうに言うをもう一度嘲笑ってヴァンはルークの側に戻った。
ルークから放たれる光はやがてパッセージリングを飲み込み光の粒子へ粉砕させた。



「ようやく役に立ってくれたなレプリカ。」
「せんせ…い…?」


ルークは力を使い果たしたように座り込んでヴァンを見上げた。
しかしヴァンはただルークを見下ろすだけだった。




「くそ!間に合わなかった!!」

そこでイオンたちの頭上後方から苦々しく吐き捨てる声が届いた。
それに驚いたのは意外にもヴァンで、聞こえてきた声に振り返る。



「アッシュ!何故ここにいる、来るなと言ったはずだ。」
「残念だったな、俺だけじゃない。アンタが助けようとした妹も連れてきてやったぜ。」

アッシュがそういって振り返るとティアやジェイドたちが駆け込んできた。
それを見やるとヴァンは指笛を吹く。するとアリエッタが従えている大きなグリフィンが2羽やってきた。
一羽はヴァンを、もう一羽はアッシュの腕を掴み舞い上がる。



「放せ!俺も此処で朽ちる!!」
「イオンを救うつもりだったが仕方ない。お前を失うわけにはいかぬ。」
「兄さん!やっぱり裏切ったのね!この外殻大地を存続させるって言っていたじゃない!
 これじゃアクゼリュスに居る人もタルタロスにいる神託の盾も皆死んでしまうわ!」


ヴァンがその場に居た全員の手の届かないところまで上昇した所でティアが泣き叫ぶように言った。



「…メシュティアリカ…お前にもいずれわかるはずだ、この世の仕組みの愚かさと醜さが。
 其れを見届ける為にもお前にだけは生きていてほしい、お前には譜歌がある、それで…。」


それだけ言い残すとヴァンはアッシュと供に姿を消した。
其れとほぼ同時に大地の揺れが激しくなり天井が崩れ始めた。


「まずい!坑道が潰れます!」
「みんな!私の側に、早く!!」

ジェイドが天井を見上げながらそういうとイオンの元に走り寄った。


「僕は大丈夫ですジェイド、それよりを…。彼女は僕を助けヴァンの攻撃をまともに…」
「…話は後で伺います。」

イオンの言葉にジェイドは気にも留めない素振りでイオンを庇いながらティアの元による
そのとき肩を庇いながら歩くをチラリと見やってまた視線を外した。
ガイがルークを支えティアの元に寄ったのを確認するとティアはフーブラス川でで詠った譜歌を奏で始めた。
その間も崩落を始めてしまったアクゼリュスは地盤を崩しながら地中へ飲まれていった。







「…みんな無事か!?」

幾分静かになったところでガイが言った。
振動で座り込んでいたルーク達はその言葉を聞きながらそれぞれゆっくりと立ち上がった。



「ここは一体…。」

ナタリアは自分達以外に助かったものが居ないことに嘆きつつ辺りの様子を伺う。
自分達が立っている場所は確かにアクゼリュスの坑道の大地。
しかしその周囲ですぐに地表はきれ、代わりに濃い紫色をした液体が海のように広がっていた。


「…ここは、魔界(クリフォト)…?」

イオンがジェイドから離れ辺りを見回していたそのとき。イオンの背後の岩盤に亀裂が入った。



「!イオン殿、危ない!!」

それにがいち早く気づき地を蹴る。
そのままイオンを庇うように後ろから抱きしめると同時に亀裂の入った岩盤から濃度の濃い瘴気が噴き出した。


「・・・・・ぐ、ぅっ・・。」
!?」



それをまともに浴びたは瘴気が消えるまでイオンを庇い続け、そのままその場にずるりと膝を着いた。
イオンが振り返り彼女の体を支えながら必死に呼びかける。


!しっかりして下さい!!」
「…問題…ない…、マントで大分、防いだ…から。」

肩で息をする彼女をジェイドとガイが見つめていた。




「う…うぅ」
「待って!誰かいる!」


突然そこに小さなうめき声が届いた。気付いたティアが周囲を注意深く見回す。
視線の先には瘴気の海の上を崩落した坑道の木製の扉につかまり辛うじて浮いている少年が居た。
ドアの上に寝転ぶ少年の上には覆いかぶさるようにパイロープが居た。
動く様子がない事から崩落からジョンを庇いそのまま息絶えてしまったらしい。
少年は正気のない眼をティア達に向け震える小さな腕を伸ばした。




「たす…け、て・・とうちゃ、…いたい、よ…」
「お待ちなさい!今助けますわ!!」


今にも沈みそうな少年のか細い言葉にナタリアが瘴気の海に飛び込まんばかりの勢いで走り出した。
しかしティアが彼女の腕を掴んでそれを止める。



「だめよ!ここは底なしの瘴気の海!下手をしたら貴方まで…!!」
「ではあの子をどうしますの!?」

!動いてはいけません!!」


ティアとナタリアの背後でイオンが声を張り上げた。
ティア達が振り返るとは壁を背もたれにふらりと立ち上がり、顔を俯かせたまま両手を少年のほうへ翳した。



「…松籟、集いて永久の碇の、戒めを解き放た…」
「駄目です!その体でそれ以上無茶をすれば貴方の身が持たない!」
「…しかし、このままではあの少年が…」
「おい!まずいぞ!!」


ガイが叫ぶと同時に、ティア達が立っていた場所ががくんと大きく揺れると同時に少年ののっていた扉が速度を上げて沈み始めた。



「…かあちゃ、ん…いたい…よ、たすけ…」


少年の体はなす術も無く瘴気の泥の海に沈んでいった。




「…タルタロスへ行きましょう。緊急用の浮標が作動してこの泥の上でも持ちこたえています。」


ジェイドが沈痛な面持ちでそう促した。






「なんとか動きそうですね。」
「魔界にはユリアシティという街があるんです、多分此処から西になります。とりあえずそこを目指しましょう。」
「詳しいようですね、この場を離れたらご説明をお願いします。」


タルタロスの様子を確認して甲板へ出てきたジェイドに、ティアが冷静に言った。
ガイはその言葉を背中で聞きながら、永遠と続く泥の海を眺めながら苦々しく口を開いた。



「行けども行けどもなんにもない、なぁ、此処は地下か?」
「…ある意味ではね。あなた達の住む場所は此処では『外殻大地』呼ばれているの。
 この魔界から伸びるセフィロトツリーという柱に支えられている空中大地なのよ。」


一気に淡々と説明するティアに、ナタリアが意味がわからないと聞き返す。
ティアはナタリアに顔を向けて答えた。


「昔外殻大地はこの魔界にあったの。」
「信じられない…。」

今度はアニスが、開いた口が塞がらないといった表情で言った。
ティアはそれを聞くと足元に視線を落とす。



「二千年前オールドラントを原因不明の瘴気が包んで大地が汚染され始めた。
 この時ユリアが七つの預言を詠んで滅亡から逃れ繁栄するための道筋を発見したの。」
「ユリアは預言を元に地殻をセフィロトで浮上させる計画を発案しました。」


ティアとイオンの説明にガイが振り返って甲板の手すりに体重をかける。


「それが外殻大地の始まり、か…途方も無い話だな。」
「…えぇ、この話を知っているのはローレライ教団の詠師職以上と魔界出身のものだけです。」
「じゃあティアは魔界の…?」

アニスがそうティアに問うがティアは俯いたまま何も言わなかった。
それをみかねたイオンが続けて言葉を紡ぐ



「…とにかく僕達は崩落した。助かったのはティアの譜歌のお陰ですね。」
「なぜこんなことになったんです、話しを聞く限り、アクゼリュスは柱に支えられていたのでしょう?」
「それは…柱が消滅したからです…。」
「どうしてです。」


ジェイドの続けざまの問にイオンは黙り込み、静かに視線だけをルークに向けた。
それにつられ他の全員もルークに視線を移す。



「お、俺は知らないぞ、俺はただ瘴気を中和しようとしただけだ。
 あの場所で超振動を起こせば瘴気が消えるって言われて…!」
「貴方は兄に騙されたの。そしてアクゼリュスを支える柱を消してしまった。」
「そんな!そんなはずは…!」

ティアの言葉が信じられなかったルークは呆然と明後日の方向を見つめる。
ジェイドがそこで眼鏡を直しながら口を開いた。



「…せめてルークには事前に相談して欲しかったですね。
 仮に瘴気を中和することが可能だったとしても住民を非難させてからでよかった筈ですし
 …今となっては言っても仕方のない事かもしれませんが。」
「そうですわね、アクゼリュスは消滅しましたわ、何千という人間が一瞬で…」

ナタリアが苦しそうにそう小さく言うと、ルークは再び全員の視線を浴びることとなった。



「お、俺が悪いってのか?…俺は、俺は悪くねぇぞ!だって師匠が言ったんだ!そうだ、師匠がやれって!
 こんなことになるなんて知らなかった!だれもおしえてくんなかっただろ!俺はわるくねぇ!…おれはわるくねぇ!」


「…大佐?」

ルークの言葉の途中でジェイドがブリッジに向かって踵を返した。
それに気付いたアニスが小さく声を掛けると、ジェイドは立ち止まりはしたものの振り返ることは無かった。


「ブリッジに戻ります。…ここにいると馬鹿な発言にイライラさせられる。」
「なんだよ!俺はアクゼリュスを助けようとしたんだぞ!?」
。」
「…なんだ…。」

ルークの言葉を端から無視し、ジェイドは行き成りを見ずに彼女に声をかけた。
この現状で行き成り自分の名が出てくるとは思っていなかったはジェイドの背中に力ない声で問う。



「貴方は先程イオン様を庇い大量の瘴気を浴びた。そしてイオン様の話に寄れば貴方はヴァンの攻撃をまともに受けたとか…。
 常人なら…いえ、たとえ鍛えられた兵士でも立っているのはおろか、意識を保っていることすら辛いはずです。
 そんな状態でこの発言を聞くのは体に毒です。あなたも船室に戻ったほうがいい。」


それだけ告げるとジェイドはブリッジの中に入っていった。
はジェイドの言葉を受け止め、しばし視線を落とすとゆっくりブリッジの扉の方へ歩き出した。
そしてルークの真横で立ち止まると、小さな、それでいてしっかりと聞き取れるように口を開く。



「ルーク…」
「な、なんだよ、大罪人!俺は知らなかったんだ!悪くなんかねぇ!!」
「『知らない』ということは罪にはならない。…しかし、『知らない』ということを己が犯してしまった罪の『盾』には使えぬ。
 物を盗むことが犯罪だと『知らない』からといって盗みが許されるわけではない、そうだろう…?」
「う、うるさい!うるさい!!おれは…!」
「・・・・!」


涙声になりそうなルークの横をそのまま通り過ぎようとしたとき、は一瞬ふらついた。


…!無茶するな、手を貸そうか?」
「…出来ぬことを軽々しく口にするな、ガイ。…そのような気を回さなくても、私は平気だ…。」


ガイが心配そうに声を掛けるが一蹴され返す言葉を失う。そのままはブリッジの中に姿を消した。



「変わってしまいましたのね、記憶を失ってからの貴方はまるで別人ですわ。」

その後にナタリアがルークの顔を見ずにそういうと彼女もそこから離れていく。



「お、お前らだって何も出来なかったじゃないか!俺ばっか責めるな!」
「貴方の言う通りです、僕は無力だ。…だけど…」
「イオン様!こんな最っ低な奴ほっといたほうがいいです!」

イオンが俯きながら言葉を濁すと、アニスがむっとした顔でイオンの腕をつかみブリッジに入っていく。



「わ、悪いのは師匠だ!俺は悪くないぞ!なぁガイそうだろ?!」

ずっと自分と一緒に居てくれたガイなら肯いてくれるはず。
一種の願望めいた思いを載せて縋るようにガイのほうを見て言った。
しかしガイはちらりとルークを見ると直ぐに視線を逸らした。



「ルーク…あんまり幻滅させないでくれ。」

それだけいいアニスたちと同様に離れていった。
それを呆然と見届けていたルークにティアが近づいていく。



「少しはいい所もあるって思ってたのに…私が馬鹿だった。」

瞳を僅かに濡らせながらティアもブリッジへと歩いていった。
最終的にその場にはルークとミュウしかいなくなった。
どうして?なぜ?…堂々巡りの疑問に解答の道筋が見えずルークはずるずると腰を下ろす。


「ど、どうしてだよ!なんで俺を責めるんだ!!」


ルークの声は魔界の泥の海に飲み込まれていった。





その頃、ナタリアがのことを心配して、彼女だけジェイドたちが居るであろう操縦室には戻らず船室の方に向かい歩いていた。
鉄製の階段を降り、そのまま真っ直ぐ行けばベッドのある船室へと続く。
ナタリアはその廊下で苦しそうに肩を抑えながら壁に寄りかかるを見つけた。



!」

ナタリアは急いで駆け寄って体を支える。


「ナタリア…か…、私なら大丈夫…と言いたいが…すまない、少々無茶しすぎたようだ…」

は駆け寄ってきたナタリアをみて自分を嘲るような笑みを零しそのまま壁にそってズルズルと体を落とした。
いきなりバランスを崩した彼女をナタリアは支えきれず一緒に床にしゃがみ込む。


!しっかりなさって!」
「ナタリア、一体どうし…!!」
「何事ですか、大きな声・・・?!」


ナタリアの声にガイがナタリアの後方から、ジェイドが前方から姿を見せた。
ガイはの様子を見つけると彼女の元に駆け寄ろうとした。
しかし、後もう少し。というところで足が止まってしまった。




―『出来ぬことを軽々しく口にするな』


 クソ、どうして肝心なときにまで…!



ガイが己の震える膝の上で拳を握った。



その一方ではジェイドがの側に寄って腰をかがめ手袋を外し仮面の隙間から頬に手をあてた。


「…これはいけませんね、私が船室まで運びます。後はナタリア、貴方に任せても構いませんね?」
「もちろんですわ!」

ナタリアの力強い返答を聞くとジェイドは女性にしては長身のを横抱きにし、そこから一番近い船室の扉を開ける。
そのまま中に入り、兵士が仮眠を取る為の簡易な二段ベッドの下側に彼女を下ろし寝苦しくないように仮面を外した。
すぐさまナタリアが治癒術をかけるのをジェイドはナタリアの背後で、ガイは船室の入り口で見ていた。
それが終わった所でジェイドがゆっくりと口を開く。


「ではユリアシティに着き次第声を掛けに来ます、それまでお願いしますナタリア。」
「わかりましたわ。」


「ガイ、どうかしましたか…?」

部屋の入り口で動かなかったガイにジェイドが声を掛けた。




「旦那…俺は…、いやなんでもない。」
「・・・・・・・。」


ガイは視線を逸らし部屋から離れて出て行った。
ジェイドはなにか悟ったような視線を、無言のままガイの姿が見えなくなるまで彼の背中に送っていた。
彼の姿が完全に見えなくなるとジェイドはそのまま壁に寄りかかった。









―『あの少年に頼まれ、つい』




   『イオン殿!危ない!』





 『駄目です!その体その体でそれ以上無茶をすれば貴方の身が持たない!』
 『しかしこのままではあの少年は…』









「…一体、なんなんですか、貴方は。…私には、さっぱりわかりませんよ。」



天井を見つめながらジェイドはそう呟いた。








→Episode7









あれ、なんかガイがへたれっぽい。


今回書きたかったこと。



・ヒロインラルゴに惚れられる(ライバル的なものね。ラルゴがジェイドと手合わせしたがってるのと同じ感じ)

・ヒロイン鳥と戯れて無自覚に微笑み、それに打たれるナイスガイ(笑)

・ヴァンはなんでも知っている的伏線

・イオンを後ろからギュッ。(単に管理人がイオンをギュってしたいがため、あのシーン本当は下書きの段階ではルーク庇う予定だったりする)

・ジェイドヒロインを横抱き(お姫様抱っこね)

・ジェイドが大罪人と恐れられているはずのヒロインの行動に戸惑う。

・全体的になんとなくガイとジェイドの逆ハー感を漂わせる。


女の子との絡みが少ないのが反省点。ナタリア姫様がすごい偏って出張ってます。好きですお姫様。
いっそナタリア→ヒロインとかどうだろう(うをい)


余談

破壊兵器に『ワステフラー』とルビ(というか読み)を振ったのは
英語で「荒廃をもたらす・破壊的な」という意味のwastefulという単語をローマ字読み&ちょっと改竄したため。


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理