「ルーク起きて、そろそろ出発するわ。」




―Episode.4




翌早朝、ティアがまだ一人横になっていたルークを起こした。
あまり寝られなかったのか、水で洗いたくなるようなぼうっとした顔でルークは立ち上がる。



「もう動けるのか?」
「えぇ、心配してくれてありがとう。」

忘却するには印象が強すぎた昨日の出来事を思いルークが低い声を出す。
ティアは小さく穏やかな声でそれに答えた。




「私とガイとティア、そしてで四角に陣形を取ります。
 貴方はイオン様と中心に居て、もしもの時は身を守ってください。」

全員の支度が揃ったところでジェイドが説明的に告げる。
その内容がいまいち飲み込めず「え?」と疑問符を浮かべ呆然と立つルークにガイがぽんと肩を叩く。



「お前は戦わなくても大丈夫ってことだよ、さぁ行こうか。」


ガイが変にルークを刺激しないようにそう告げると、其れを合図にルーク以外の5人が歩き始める。



「ま、待ってくれ。」


ルークが後方から呼び止めた。




「どうしたんですか?」
「俺も…戦う。」


冷静というよりは、ややドライに聞き返したジェイドにルークは俯きながら言った。



「人を殺すのが怖いんでしょう?」
「怖くなんかねぇ。」
「無理しないほうがいいわ。」
「本当だ!そりゃやっぱちっとはこえぇとかあるけど…
 戦わなきゃ身を守れないなら戦うしかねぇだろ、俺だけ隠れてなんて居られるか。
 とにかくもう決めたんだ。これからは躊躇しねぇで戦う。」


決して『やめろ』と直接には口に出さないがティアはあくまでも下がらせようと言葉を濁す。
ルークは『自分だけ』とプライドのような、なかば自棄になったような返答をした。
その言葉にティアは冷静にルークに近づいた。




「…人を殺すということは相手の可能性を奪うことよ。其れが身を守る為であっても。」
「恨みを買う事だってある。」


青い両目を一寸の狂いもなくルークに合わせながらティアが言うとガイもそれに言葉を重ねる。
ガイの言葉を聞き、ティアは更に問い詰めた。




「あなた、それを受け止めることが出来る?
 逃げ出さず言い訳せず自分の責任を見つめることが出来る?」
「決心したんだ皆に迷惑はかけられないしちゃんと責任を背負う。」
「口で言うのは容易い。それに無理に人を殺める業を背負う必要はないだろう。」
「いいじゃありませんか。ルークの決心とやら見せてもらいましょう。」

が言葉を付け加えたところで今まで黙っていたジェイドが結論をだした。
ルークはその場に居合わせた全員の誰一人からも快諾されない妙な歯がゆさを覚えながらゆっくりと足をセントビナーへむけた。







「なんで神託の盾騎士団がここに…。」


それから数時間もたたないうちにセントビナーへと着いた一行。
しかしその門前には神託の盾騎士団が見張りとして立っていた。
慌てて柱の影に身を顰めたところでルークが声を落としてぼやく。



「タルタロスから一番近い街はこのセントビナーだからな、休息に立ち寄ると思ったんだろ。」
「おや、キムラスカ人の割りにマルクトに土地勘があるようですね。」

淡々と説明したガイにジェイドはいかにも不思議そうに、しかしどこか含んだような笑みを携えて問う。



「昨日にも言ったろ?卓上旅行が趣味なんだ。」
「そういえばそうでしたね。」
「・・・・・。」



ジェイドが思い出したように答え、は懐疑にも似た視線を気付かれないようにガイの背中に向けた。




「大佐、あれを。」


いつまでも村の入り口で立ち往生しているわけにもいかず困惑していたところでティアが何かに気づき声を掛けた。
ティアが指差した先には大量の荷物を載せた荷馬車が見張り中の兵士とやり取りをしているところだった。
その荷馬車はエンゲーブからの食料を運ぶもので後ろにもう一台来るということらしい。
それを漏れ聞いたジェイドは「これは使える」と、一度今来た道を戻りその2台目の馬車を止めた。
偶然にもその馬車の騎手がエンゲーブでルークやジェイドが世話になったローズ婦人のものであり、
簡単な説明だけで快くルーク達を荷台に隠して村へと入れてくれた。






「マルクト帝国第三師団所属ジェイド・カーティス大佐です。グレン・マクガヴァン将軍にお取次ぎ願えますか?」
「ご苦労様です、マクガヴァン将軍は来客中ですので中でお待ちください。」


進入に成功したルーク達はジェイドの指示の元迅速にアニスとの合流地点であるセントビナーの知事宅へ向かった。
玄関に居たマルクト兵に中で待っているよう告げられると全員がゆっくりと進んでいった。



「…私はここで待っている。」

ジェイドが玄関のノブに手を掛けたところでが言った。



「…そうですね、ここはマルクト領です。中に入って将軍に貴方のことがバレれば無用な騒動になりかねません。
 そんなに時間はかからないと思うのでそこで待っていてください。」

意味もなく眼鏡を直しながらジェイドが了承し再び中へと入っていった。



「ですから父上、神託の盾騎士団は建前上預言士(スコアラー)なのです。彼らの行動を制限するには皇帝陛下の勅命が…」
「黙らんか。奴らの介入によってホド戦争がどれ程悲惨な戦争になったかお前も知っておろうが。」
「お取り込み中失礼します。」


ルーク達が中に入ると軍服を纏った若い男と、特徴的な長い白い髭を蓄えた小柄な老人が口論していた。
ジェイドは会話の途中にも関わらずその場に介入する。
行き成り割り込んできたジェイドに老人は懐かしむような笑みを浮かべ「ジェイド坊やか!」と顔を向けた。



「お久しぶりですマクガヴァン元帥。」
「わしはもう退役したんじゃそんな風に呼んでくれるな。」
「…カーティス大佐、御用向きは?」



穏やかに迎え入れたマクガヴァン元帥と呼ばれた老人に対して、話に割り込んできた無粋さにか
現在セントビナーを神託の盾が跋扈している原因の張本人である人物の登場にか、
やや冷ややかに若い男―グレン将軍は咳払いをしてジェイドにたずねた。
ジェイド特に詫びを入れることもなく導師守護役(フォンマスターガーディアン)から手紙が来てないかと聞いた。

そのアニスの手紙によると彼女は既に第二地点へ向かっているとのことだった。
次の目的地が決まったルーク達は、「いつでも力を貸すぞ」というマクガヴァン元帥の力強い言葉を受け屋敷を出て行った。



「…あれ?」
「どうしたのルーク。」

一番先に屋敷を出たルークが立ち止まった。



いなくね?」
「え?!」


ルークの言葉に残りの4人が横に並んで辺りを見回した。
しかしその場の何処にもの姿はなかった。



「まさか…逃げた?」
「いえ、それはないでしょう。彼女にはあの首輪をしてありますし、村の入口は神託の盾が封鎖してますしね。」

ガイが訝しげに言った言葉に、意外にもジェイドがすぐさま否定した。
しかし現に彼女はここにいない。一体どうしたものかと考えあぐねていた所に7歳くらいの少年がルーク達の所に来た。



「そこの赤い髪のにーちゃん達。もしかして仮面のお兄ちゃんの事探しているの?」
「何か知っているんですか?」

その少年にイオンが訊ねると少年は村の東に続く街道を指差して頷いた。



「うん。あのね、オイラの友達のキラって子の猫がソイルの木から下りられなくなっちゃてて泣いてたの。
 キラがそこにいた仮面のお兄ちゃんに猫を助けにいってくれって頼んだんだ。だからたぶんまだソイルの木の所にいると思うよ。」
「『仮面のお兄ちゃん』て…」
「まぁ間違いなく彼女のことでしょう。」

苦笑にも似た笑みがその場の全員に漏れた。
そのまま少年の言っていたソイルの木のあるほうへと一行は歩き出した。




「お兄ちゃんまだぁ?まだルビー降りてこないの?」
「…もう少しだ、怯えてなかなかこちらに来ない。」

ソイルの木はこの村の象徴というだけあり直ぐ目に付いた。
樹齢2000年を越えるといわれるその大木には梯子がかけられ、民家の屋根より遥かに高いところまで子供でも簡単に登れるようになっていた。
ルーク達も梯子を登ってその簡素に創られた足場に着くと一人の少年が木の更に上のほうをみて何事か言っていた。
話の筋からすればこの少年が『キラ』であることは間違いない。
そしてキラが声を掛ける先からはの声が返ってきた。

しばらくその場に居た全員の頭上でガサガサと葉が擦れあう音が立っている。
そして数分後足場にスタッとが両腕に何か抱えながら飛び降りてきた。
はいつの間にかきていたルーク達にさほど驚きもせず一瞥してキラの元に寄った。



「この子がルビーでいいんだな?」

両脇に手を入れてキラの前に見せたワインレッドの毛並みの子猫は特徴的な金色の両目をキョロキョロとさせていた。
自分の主人であるキラを認識するとルビーは甘えるように『にゃん』と一鳴きした。



「か、かわいい…!」
「ん?なんか言ったかティア。」

その猫の仕草にうっとりとしながら呟いたティアにルークが問いかける。
ティアはあわてて冷静を繕い「な、なんでもない」とどもりながら答えた。



「ルビー!無事でよかったぁ!もう勝手に離れちゃだめだぞ!ありがとうお兄ちゃん!」
「あぁ。」

ルビーを受け取るとキラはうれし泣きでもしそうな声でに礼を述べる。



「子猫はその身軽さゆえに簡単に手が届かないところまで登り降りれなくなることが多い。
 もうその子から眼を離すなよ。」
「うんわかった!本当にありがとお兄ちゃん!バイバイ!」

元気一杯に手を振るとキラはルビーを抱えて器用に梯子を降りていった。
キラが無事に下までおり他の子供達と合流するのを見届けてからはルーク達にふりかえった。


「すまなかった、勝手に行動して。あの少年に頼まれつい、これからは慎む。」
「いえ、まぁ…状況が状況ですし。」
「やっぱりはとても優しいんですね。あの子猫も少年も凄く嬉しそうでした。」
「…いえ。」

開口一番に謝罪され珍しく返す言葉を選ぶのに時間がかかったジェイドをフォローするかのようにイオンが言った。
その言葉には視線を落として答えた。




「ま、なんでもいーけどよ、早くカイツールってとこにいこうぜ。」
「カイツール?此処から南西のフーブラス川を渡った先にある非武装地域の町か?」
「詳しいですね。そこでアニスと合流して船に乗ります。」
「カイツールまで行けばヴァン謡将とも合流できるな。」

ルークの言葉をきっかけに次の移動地点へ話題を転換させる。
ガイの口から『ヴァン』という固有名詞が出てきた瞬間ティアの声色と目つきが変わった。


「ヴァン…」
「おっと、何があったか知らないがヴァン謡将と兄弟なんだろ?バチカルの時みたいに行き成り斬りあうのは勘弁してくれよ。」
「…判ってるわ。」

ガイが釘を刺すとどこか口惜しそうにティアが答える。
そのままルーク達は梯子を下り村の入り口へと向かっていった。





「導師イオンは見つかったか?」
「セントビナーへは訪れていないようです。」


そこには神託の盾とタルタロスで一戦交えた六神将のリグレットとラルゴとアリエッタ。
それにもう一人鳥の嘴のような仮面をつけた緑髪の少年がいた。
それに気付いたルーク達はいそいで町の陰に隠れて様子を窺がう。



リグレットの問いに対する兵士の答えにアリエッタが人形を抱えて口を開いた。


「イオン様の周りに居る人たちママの敵、この子達が教えてくれたの。アリエッタはあの人たちのこと絶対許さない。」

アリエッタが言う『この子達』とは彼女の後ろに居た若いライガとグリフィンだった。
彼女の独り言とも取れる声を仮面の少年は流してさらに兵士に問い詰めた。




「導師守護役がうろついてたってのはどうなったのさ。」
「マルクト軍と接触していたようです。最もマルクトの連中機密事項と称して情報開示に消極的でして…。」

兵士が語尾を濁したところで今度はラルゴが面目なさそうに重い口を開いた。


「俺があの死霊使いに後れを取らなければアニスを取り逃がすこともなかった…
 それに奇妙な仮面を被った者の邪魔まで入ってな…面目ない。」
「奇妙な仮面…?ラルゴ、もしやそいつはレイピアを持った女か?」

リグレットが腰に片手を当てながら顔を向けて問う。


「知っているのかリグレット。…確かにそいつはレイピアをもっていた。  相まみえたのは一瞬で女かどうかまではわからなかったが…。」




「ハーッハッハッハ!!」


そこで突然ラルゴたちの上空から男の高笑いが響いた。
その場に居た全員が鬱陶しそうに上空を見上げると譜業の施された椅子がフワフワと下りてくる。
その椅子に肘を掛け座っていた白髪で細身の男が不敵な笑みを浮かべていた。



「だーかーらいったのです。あの性悪ジェイドを倒せるのはこの華麗なる神の使者
 神託の盾六神将、薔薇のディスト様だけだと!!」
「薔薇じゃなくて死神でしょ。」
「この美し〜い私がどうして薔薇でなく死神なんですか!」
「過ぎたことをいってもいっても始まらない。どうするシンク。」

一人でけたたましく喋っているディストに仮面の少年が吐き捨てるようにいう。
それにディストがしつこく反論するがリグレットは何も聞いていなかったように仮面の少年シンクにといかけた。
自分の存在をあっさり無視されたディストは「おい」と口を挟むがやはり流される。



「エンゲーブとセントビナーの兵は撤退させるよ。」
「しかし!」
「ラルゴ、アンタはまだ怪我が癒えていない。死霊使いとその仮面の女って奴に殺されかけたんだ。少しは大人しくしてたら?
 それに奴らはカイツールから国境を越えるしかないんだ。このまま駐留してマルクト軍を刺激すると外交問題に発展する。」
「おい、無視するな!」
「カイツールでどう待ち受けるか…ね。一度タルタロスに戻って検討しましょう。」
「伝令だ!第一師団撤退!!」


ラルゴが門兵にそう告げると兵士は敬礼して素早くその場をあとにした。
そのままラルゴたちもディストを無視し続けたままタルタロスへと戻っていった。




「きいぃぃ!私が美と叡智に優れているから嫉妬しているのですねぇええ!!?」

ハンカチでもかみ締めそうな奇声を発しながらディストはそのまま譜業椅子で上空へと消えていった。

その様子を見届けたルーク達は、一度ルークとティアが口論を起こしたが好機を逃さぬよう街を出発した。


「そういえばイオン様タルタロスから連れ出されていましたがどちらへ?」

カイツールへ行くにはフーブラス川を横断しなければならない。
一行はまずフーブラス川へと足を向ける。その途中でジェイドがイオンに訪ねた。


「セフィロトです。」
「セフィロトって?」

イオンの口から出てきた聞きなれない言葉にルークが口を挟んだ。
それにはが答えた。


「大地のフォンスロットの中で最も重要な10箇所のことだ。所謂星のツボにあたる。
 記憶粒子(セルパーティクル)という惑星燃料が集中していて音素が集まりやすい場所のことを言う。」
「し、知ってるよ!物知らずと思って立て続けに説明するな!」
「セフィロトで何を?」
「…いえません、教団の秘密事項です。」
「そればっかだな、むかつくっつーの。」


ルークにしてみればいい加減聞き飽きた、しかも必ず一番知りたいところで使われる言葉に
ルークは不機嫌を露に愚痴を零す。イオンはどうしようもない罪悪感に「すみません」というだけだった。




「さ、フーブラス川に着きましたよ。」


そう言ったジェイドの視線の先には流域面積が広く、透度の高い川の水面が太陽光線に反射していた。



「この河を越えれば直ぐキムラスカ領なんだよな。」
「あぁ、フーブラス川を渡って少しいくとカイツールっていう町がある。」

若干期待するような声でルークが後ろを振り向きながらガイに聞いた。
ルークの心中を察しているガイも比較的明るめに答える。


「早く帰りてぇ…もういろんなことが面倒くせぇー。」
「ご主人様、元気出すですの。」
「おめぇはうぜぇから喋るなっつーの!!」
「みゅううぅ…」
「八つ当たりは止めて!ミュウが可哀想だわ!」


ルークの足元で自分の主人を励まそうとしたミュウだが逆に逆鱗に触れる。
足で踏みつけられたミュウを見かねてティアが咎めるとルークは「けっ!」と高慢な態度でミュウを蹴り飛ばした。




「さ、ルークの我儘も終わったようですし行きましょうか。」
「我儘ってなんだよ!…おい、無視すんな!!」

不満をジェイドの背中にぶつけるがジェイドは何も言わずに先へと進んでいった。




「なんだよ、でかい川とか言ってたけど浅いし全然大したことねーじゃん。」

しばらくそこの浅い道を選びながら川を横断している途中ルークが小馬鹿にするように言った。



「川をなめるなよルーク。今の時期こそここは穏やかだけどいざ悪天候にでもなってみろ。
 一見穏やかでもあっというまに激流になって溺れる程度じゃすまないぞ。」

「へーきへーき。」

ガイの真面目な忠告にも碌に耳を傾けずヘラっとしたまま返すルークに、ガイはやれやれと溜息をついた。
その様子をみていたが二人の前方で足を止めて振り返った。



「ガイの忠告は聞いたほうがいいルーク。季節の変動によって今は穏やかだし川底も浅い。
 しかしこういう流域の川はとかく堆積した岩盤にコケが発生しやすい、油断してその上を歩けば転ぶぞ。
 それに人の視覚に写るよりも流速は早いものだ、川岸と川の中央での流速の差も大きい。
 いきなり足場が深くなっていることもある。…注意力が散漫になればその分危険度も増す。」
「だー!もう!!ごちゃごちゃうっせぇつーの!」
「けどの言う通りだぞルーク。」
「けどこいつチーグルの森んときでも、やたらに手を出すなとかどーとか面倒くせぇことばっか…。いい加減うぜぇっつの!!」



それだけ吐き捨てるとルークはバシャバシャと態と音を立てながらを追い越して川を渡っていった。
自分の横を通り過ぎるルークの背を見送るとも再び歩き始める。
その後ろから追いついてきたガイが声を掛けた。



「悪いな…。ルークに悪気はないんだ。」
「いや…、別に。私は事実を伝えただけ、其れをどうするのかはルークの意思だ。
 それにルークはずっと城に幽閉されていたんだろう?その彼からすれば見知らぬことや過酷な事ばかりの連続…。
 辛さ故に八つ当たり気味になるのも致し方ない。」


自分の横に来たガイには自然と視線をやり、横に距離を開けながら前進する。
10メートル近くはあるであろう距離にガイは苦笑した。



「なんでそんなに距離を開けるかなー…。」
「…?お前は女性恐怖症だろう。」
「そうだけど別にそこまで離れなくてもへい…」


「自分の目の届く範囲に居ないと不安か?」
「え?」


語弊を招きそうな言葉にガイは一瞬立ち止まった。



「自分が見てないうちに、私が何かしでかすのではないか、逃げ出すのではないか。そう思っているのだろう。
 お前はキムラスカ人でありながら私が『大罪人』だと知っているしな。」
「・・なん」
「ソイルの木でもお前は事実の確認が終わるまで私を警戒していただろう。」
「…気付いていたのか…?」
「無論。」



淡々と述べるにガイは返す言葉を失った。
事実でありながら事実でなかったことにしたい。自分でも良くわからない感情が渦巻く。
その間もは立ち止まることなく進み続けガイもその距離を保ちながら進んだ。



「お前…は優しいんだな。」
「…脈絡もなくなんだいきなり。」


今までの話の流れを叩き割った話題の展開に珍しく驚いたような表情では答えた。



「さっきのルークのこともそうだけど、セントビナーのソイルの木での事も。ただ面倒見がいいってだけじゃないだろう?」
「…わからぬ。…だが…。」





―『ルビー!無事でよかったぁ!もう勝手に離れちゃだめだぞ!』





 『本当にありがとお兄ちゃん!バイバイ!』





「…あのような無垢な笑顔を見るのは…嫌いではない…と…思う。」

「・・・・・!」




ガイはその瞬間、確かにが口角を上げ、目を閉じながらも穏やかな笑みを浮かべたのを見逃さなかった。









***








「だーっ、やっと川を抜けられそうだぜ靴もズボンもビシャビシャだクソ!」


ようやく川の反対側に着いたルーク達。
一度イオンの体調を気遣い休憩をとるが、意外にもイオンの体調は優れておりすぐ出発となった。
ここを抜ければカイツールはすぐ。そしてカイツールに行けば敬愛するヴァン師匠(先生)にも会えるし故郷にも帰れる。
これから先に起こるであろう自分にとって最高の展開を思い浮かべたルークは意気揚々と足早に歩き始めた。

しかしそれは目の前に突如現れたライガによって阻まれることになる



「ライガ…」
「後ろからも誰か来ます。」

喰いかかってきそうなライガから下がるルークの横にジェイドが立ち、鋭いピジョンブラッドを背後に向けた。

「逃しません…っ」


その視線の先には妖獣のアリエッタがいた。
アリエッタは泣きそうな顔のまま彼女の『友達』であるライガに、今にもルーク達を襲うように仕向けそうだった。
そうなる前にイオンがアリエッタの前に進み出た。




「アリエッタ、見逃してください。あなたならわかってくれますよね、戦争を起こしてはいけないって。」

優しいイオンの言葉にアリエッタは視線を落として人形をつよく抱く。



「イオン様の言うこと…アリエッタは聞いてあげたい…です。でもその人たちアリエッタの敵…。」
「アリエッタ、彼らは悪い人ではないんです。」


なんとか説得しようとするイオンの言葉にアリエッタは首を振って拒絶した。



「ううん、悪い人です。だって、アリエッタのママを殺したもん!」
「はぁ?何言ってんだ俺達がいつそんな事を。」
「アリエッタのママはお家を燃やされてチーグルの森に住み着いたの。  ママは子供達を…アリエッタの弟と妹達を守ろうとしてただけなのに…!」


謂れのない非難にルークが反発するとアリエッタはしゃくりあげる様な声で答える。
その言葉にティアとが何かに気付いたように口を開いた。



「…まさか、ライガクイーンのことか。」
「でも彼女は人間でしょう?」
「彼女はホド戦争で両親を失って魔物に育てられたんです。
 魔物と会話できる力を買われて神託の盾騎士団に入隊しました。」
「じゃあ、俺達が殺したライガが…。」
「それがアリエッタのママ。アリエッタはあなた達を許さないから。地の果てまで追いかけて…殺します。」




そう言い切ると同時にアリエッタは持っていた人形を抱えて譜術の詠唱の体勢に入った。

ルーク達があわてて戦闘態勢に入ろうとした瞬間。




大地が大きく唸りを上げ揺れた。




「…地震!?」



その場に立っていられないほどの大きな揺れは地面に亀裂を創った。
そしてその亀裂から紫色の気体が溢れ出てきた。



「これは…瘴気!?」
「いけません!瘴気は猛毒です!!」


予想だにしない突然の展開にルーク達はうろたえる。
その間にアリエッタとライガが瘴気の直撃を受けて小さく悲鳴をあげその場に倒れた。
ルーク達もこの隙に逃げようとするが既に辺りには瘴気が充満しており身動きが取れない。
見かねたティアはロッドを構えた。




―クロア リョ ズェ トゥエ リョ レィ ネゥ リョ ズェ




「こんな時に譜歌を歌ってどうするんです?!」
「待ってくださいジェイド!これは…ユリアの譜歌です。」




タルタロスで聞いた心地よい旋律がながれると青い光がドーム状に広がりルーク達を包んだ。
するとそれまでルーク達を取り囲んでいた瘴気が消えていった。



「瘴気が持つ固定振動と同じ振動を与えたの。一時的な防御壁よ、長くは持たないわ。」
「噂には聞いたことがあります。ユリアが残したと伝えられる七つの譜歌…」
「詮索は後だ!此処から逃げないと。」


ティアが冷静かつ迅速に説明するとジェイドが興味深げに言う。
そこにガイが逃走を促すとジェイドは「そうですね。」といい眼鏡を直すと槍を取り出して気絶したままのアリエッタの元へいった。



「や、やめろ!なんでそいつを殺そうとするんだ。」
「生かしておけばまた命を狙われます。」
「だとしても気を失って無抵抗な奴を殺すなんて…」
「…本当に甘いのね。」
「るっせえ!冷血女!」

縋るような口調でジェイドに言うルークに、ティアがやや苦しげに突きつける。
険悪な雰囲気の中にイオンが踏み入った。



「ジェイド見逃してください。アリエッタは元々僕付の導師守護役なんです。」

イオンの言葉にジェイドは考えるような間を置きながら槍を収めた。


「瘴気が復活しても当たらない場所に運ぶくらいはいいだろ?」
「ここで見逃す以上文句を言う筋合いはないですね。」

ガイの提案にもジェイドは反対しなかった。ルークはアリエッタを運ぼうと彼女に近づく。



「ルーク。」


それをが呼び止めた。


「んだよ。」
「アリエッタをライガの側に。」
「はぁ?なんでだよ。」
「いいから早く。」



そういうとルークは舌打ちをしながらもアリエッタを気絶し倒れるライガの直ぐ傍らにおろした。
其れを確認するとはアリエッタの側により両手を翳し詠唱を始めようとした。



「おい!なんのつもりだコイツらをどうす…」
「落ち着け、アリエッタたちを一度に運ぶだけだ。そのほうが効率がいい。」

肩を掴んで止めようとするルークにそう告げるとルークはしぶしぶ手を放した。





「松籟集いて永久(とこしえ)の碇の戒めを解き放たん 我が名の元に いでよ風の箱舟。『エアリアルノア』」


詠唱を終えると同時にアリエッタたちの周りに螺旋状に風が吹き始めた。
そのまま円を描いた風はアリエッタたちの体の下に潜り込み円盤状に形を変えた。
そのまま風力が更に増しやがてライガとアリエッタの体を宙に浮かべる
その円盤状の風はアリエッタたちを瘴気が当たりそうもない岩の上にゆっくりと降ろした。



「す、すげぇ。」

呆然とその様子をみていたルークが感嘆の声を上げる。



「あそこなら問題ないだろう。」
「ありがとうございます。」
「そろそろ限界だわ…行きましょう。」

イオンが礼を述べたところでティアがそう告げた。





ルーク達はフーブラス川を抜け漸くカイツールへとたどり着いた。







「あれ、アニスじゃねぇか?」


基本的に一本道の造りになっている街道を国境警備兵の元へ向かって歩いていった先でルークが指差した。
みれば黒いツインテールの少女がマルクト兵に何事か懇願している。




「証明書も旅券もなくしちゃったんですぅ。通してくださいお願いしますぅ。」

眼を潤ませ、下から兵士を見上げ本当に困ったような声を出しながらアニスは言った。
しかし当の兵士はさして変わるでもなく「残念ですがお通しできません」と一蹴した。
アニスは「ふみゅう」と落胆の声をあげ兵士背を向け



「…月夜ばかりと思うなよ。」

一気に低い声のトーンに変わりながら吐き捨てた。
その一部始終を見ていたイオンが穏やかな表情のままアニスに近づいて声を掛ける。



「アニス、ルークに聞こえちゃいますよ。」
「ぁあ”?!…!…きゃわ〜ん!アニスの王子様〜!」

ドスの利いたような声で声の主に振り返るアニスだが、そこにルークがいると気付くと先程の猫なで声へ瞬時に戻りルークに抱きついた。
その様子を見ながらガイは密かにアニスに背を向け「女って怖ぇ…」と誰にも聞こえないように呟いた。




「ルーク様、ご無事で何よりでしたもう心配してましたぁ。」
「こっちも心配したぜ、魔物と戦ってタルタロスから墜落したって?」
「そうなんですぅ、アニスちょっと怖かった…。」

そういって一度ルークから離れるとうるうるとした瞳を作り手を自分の頬に添える。



「そうですよね。『ヤロー!てめーぶっ殺す!!』って悲鳴あげてましたものね。」

イオンは両手を前に伸ばし、おそらく当時のアニスの格好の真似であろうポーズをとりながらどこか楽しそうに言った。
アニスが其れに素早く反応してイオンの目の前に移動し「イオン様は黙っててください。」と釘を刺すと再びルークに飛びつく。



「ちゃんと親書だけは守りましたぁ。ルーク様ほめてほめてぇ。」
「ん、あぁ偉いな。」
「きゃわん…!」


ルークが素直にそう言いアニスの頭をぽんと撫でる。
アニスはたまらないとでも暴露しそうな歓喜の声をあげた。



「無事で何よりです。」
「はわ、大佐も私の事心配してくれたんですか?」
「えぇ親書がなくては話になりませんから。」
「大佐って意地悪ですぅ。」
「…ところで。」



どことなく置いてけぼりをくらってしまったようなティアが割り込むように話し始めた。




「どうやって検問所を越えますか?私もルークも旅券がありません。」





「ここで死ぬ奴にそんなものいらねぇよ。」




ティアの問にその場に居た全員の誰でもない声が答えた。
それは行き成りルークの背後を上空から斬りかかって来た。ルークも慌てて剣で防ぐが簡単に弾き飛ばされしりもちをつく。
ルークを襲った赤い髪の男―アッシュはそのまま切り伏せようとルークに走り寄る。
ティア達から離れたところに飛ばされたルークは丸腰のまま地に伏せた。
アッシュが剣を振りおそろうとした瞬間。



「引けアッシュ。」

何者かがルークとアッシュの間に張り込み剣を受けた。


「ヴァン…どけ!」
「どういうつもりだ、私はお前にこんな命令を下した覚えはない。…引け!」


アッシュに凄まれるがヴァンは冷静にアッシュを諭す。
迫のある物言いにアッシュは身を引き剣を収めると、面白くなさそうに舌打ちをして姿を消した。



「師匠!」

ルークがしりもちをついたままヴァンを師匠(先生)とはしゃぐように言った。
ヴァンも穏やかな笑みを浮かべながら足元で座っているルークに視線をやる。



「ルーク、今の避け方は無様だったな。」
「ちぇ、あっていきなり其れかよ。」



「…ヴァン!」


ティアが低い声で懐から小さなナイフを取り出し構えた。



「ティア、武器を収めなさいお前は誤解をしてるのだ。」
「誤解?」
「頭を冷やせ、私の話を聞く気になったら宿まで来るがいい。」

自分の妹が武器を構えているにも拘らず至って冷静にティアに告げると、ヴァンはティアの横を通りすぎる。




「ヴァン先生、助けてくれてありがとう。」
「苦労したようだなルーク、しかしよく頑張った。流石は我が弟子だ。」
「へ、へへ。」





―あの男の眼…あれは…




「失礼、お嬢さん。」
「!…なにか?」



がヴァンに気付かれないよう視線を送り思案していると不意にヴァンがに声を掛けた。




「我が弟子や妹が世話になったようですな。お名前を伺ってもよろしいかな?」
「…、と申す。」
…フ…、良い名ですな。」

一見人当たりの良さそうな笑みを浮かべてヴァンは宿屋へと姿を消した。




―気味が…悪い。








その数十分後、ルーク達はヴァンの話しを聞くために宿屋へ行った。
ヴァンは今回のイオン誘拐やモース大詠士派による戦争への煽動には一切関わっていない
そもそも自分は六神将の長ではあるが導師派でもあると告げティアを説得させようとした。
ティアはそれでも納得いかないようだったが、現在解決すべき問題は戦争の回避。
そう考えたルーク達はヴァンから旅券を貰い、一度このカイツールで休息を取ってから軍港に行き船に乗ろうと決めた。


「では私は先にカイツールの軍港へ向かい手続きをしてくる。ルーク達は少し休息してから来なさい。」
「はい師匠!」


異常なまでに素直に返事をしたルークだが、浮き足立ったまま落ち着かない様子でヴァンとそう時間を空けずに港へと向かう。
軍港まではさほど離れておらずすぐ入り口についたが辺りが騒々しい。



「なんだ?」

ガイが口を開くと同時に全員の上空を巨大なグリフィンが南東のほうへ飛んで行くのが見えた。


「…あれ?今の根暗ッタのペットだよ。」
「根暗ッタ?」

同じように空を見上げたアニスからでた単語にガイは問い返す。
アニスは通じなかった言葉にややムキになりながらガイに走り寄り両手で何度もガイを叩いた。




「アリエッタ!六神将妖獣のアリエッタだってば!!!」
「うわわわわかったから!俺に触るなぁ!!!」
「ほらガイ〜喜んでないで行きますよ。」
「嫌がってるんだ!!!」



尋常でない港の騒ぎに一行は走っていった。
ルーク達は一瞬目を疑った。港は其処此処で炎が上がり、船という船は全て壊され、見張りだったと思われる兵士は無残に斃れていた。




「アリエッタ!誰の許しを得てこんな事をしている!」


港の奥のほうでヴァンが怒鳴る声が聞こえた。
アリエッタという言葉にいち早く反応したアニスが対峙する二人の下へ駆け寄る。



「やっぱり根暗ッタ!人に迷惑かけちゃ駄目なんだよ!?」
「アリエッタ根暗じゃないもん!!アニスのイジワル!」
「何があったの?」
「アリエッタが魔物に船を襲わせていた。」
「総長、ごめんなさい…アッシュに頼まれて…。」
「アッシュだと?」


後ろから追いついてきたルーク達に振り向いて説明したヴァンだが、アリエッタからアッシュという言葉が出ると再びヴァンはアリエッタに視線を戻す。
既にそのときアリエッタは上空に手を伸ばしてグリフィンに合図をだし、その手をグリフィンに掴ませると空へ飛んだ。




「船を修理できる整備士さんはアリエッタが連れて行きます。
 返してほしければルークとイオン様がコーラル城に来い…です。二人が来ないとあの人たち殺す…です。」

小さな声で懸命にそう告げるとアリエッタは先程グリフィンが飛んでいった方向と同じ方角へ消えていった。
ガイはそのままヴァンに船のことを聞くがアリエッタたちは船を全滅させてしまったとのこと。
機関部の修理には専門家が必要だが、連れ去られた整備士以外となると訓練船の帰艦を待つしかないと言われた。




「アリエッタが言っていたコーラル城というのは?」

ジェイドの疑問にはが答えた。


「…確かここから南東の海沿いにあるファブレ公爵の別荘ではなかったか?前の戦争で戦線が迫って放棄したという…。」

思わぬところで自分の父親の名が出てきたことにルークが驚いたようにに振り返った。



「へ?そうなのか?」
「お前なー!7年前お前が誘拐された時発見されたのがコーラル城だろうが!」
「俺、その頃のこと全然おぼえてねーんだ。もしかして行けば何か思い出すかも。」

独り言のようなルークの声にヴァンが追う様に口を開いた。


「行く必要はなかろう、訓練船の帰港を待ちなさい。アリエッタは私が処分する。」
「…ですがそれではアリエッタの要求を無視することになります。」
「今は戦争を回避するほうが重要なのでは?
 ルーク、イオン様を連れて国境に戻ってくれ、此処には簡単な休憩施設しかないのでな。私はアリエッタ討伐に向かう。」

人質に取られた整備士を気遣うイオンの言葉にも承諾をせず流れるようにルークに指示を出す。
ルークは二つ返事で答え今来た道を戻ろうとした。


「お待ちください導師イオン。」

そんなルーク達の行く手を阻むように二人の若い男が立ちふさがった。
導師守護役であるアニスは足早にイオンの前に立ち『導師様に何の用ですか』と問う。


「妖獣のアリエッタに攫われたのは我らの隊長です。お願いです、どうか導師様のお力で隊長を助けてください!」
「隊長は預言を忠実に守っている敬虔なローレライ教団の信者です。
 今年の生誕スコアでも大厄は取り除かれると詠まれたそうで安心しておられました。」
「お願いです、どうか!!」


二人の男が交互に立て続けに言った。イオンはしばし考えるように俯くが目の前の男達の視線は外れない。


「…わかりました。アリエッタは私に来るように言っていたのです。」
「私もイオン様の意見に賛同します。」

と後ろにいたティアも一歩前に進みでて言った。
思わぬ人物の賛同にルークがからかうように口を開く。



「冷血女が珍しいこと言って…。」
「厄は取り除かれた預言を受けたものを見殺しにしたら預言を無視した事になるわ。
 それではユリア様の教えに反してしまうもの…。」


人道的というより宗教的な建前のような言葉を二人の男が聞くと二人は嬉しそうにイオンたちに礼を述べ去っていった。
ルーク達は国境からコーラル城へ移動先を変更した。






***






「なんだぁなんでこんな機械がうちの別荘にあるんだ?」


別荘とはいえ主が一国の皇帝と血のつながりを持つ公爵ともなればその規模は他の比ではない。
ふつうにその別荘を中心に小国くらい発展できるのではと思わせるほどのその建築物は無残にもあちこち傷んでいた。
それでも入って直ぐに置いてあった侵入者撃退用の譜業人形がまだ生きていたりとそれなりに当時の面影も残っている。


道なりに奥へ奥へと進んでいたルーク達の前に、大きな装置が眼に止まった。
ただでさえ高い天井に頭が接触していそうなほどに巨大なそれにジェイドが表情を曇らせて近寄る。



「これは…」
「大佐何か知っているんですか?」
「いえ、確信が持てないと…いや確信できたとしても…。…まだ結論は出せませんもう少し考えさせてください。」
「珍しいなアンタがうろたえるなんて。」

眼鏡を直し俯くジェイドに、ガイは同様に装置を見上げながらジェイドに寄った。



「俺も気になってるんだ、もしアンタが気にしていることがルークの誘拐と関係あるなら…」
「んなぁぁぁ!!!」


ガイが何か言いかけたときアニスが鼠に驚き、雄たけびに近い悲鳴を上げてガイの背中に飛びついた。



「う、うわぁ!やめろ!!!」

ガイはアニスを振り落とし頭を抱えてしゃがみ込んだ。
いつもの拒絶反応とは程遠いガイの驚きぶりにアニスは振り落とされたまま呆然としていた。



「あ…俺。」
「今の驚き方は尋常ではありませんね。どうしたんです。」


ジェイドがといかけるとガイはゆっくりと立ち上がった。



「アニス、大丈夫か。…なにかあったのかガイ。ただの女性恐怖症には思えないが…。」

はアニスの側へより手を差し伸べて立ち上がらせる。
そのままガイに問うがガイは申し訳なさそうに俯くだけだった。



「悪い、わからねぇんだ。ガキの頃はこうじゃなかったし。
 ただすっぽり抜けてる記憶があるからもしかしたらそれが原因かも。」
「お前も記憶障害だったのか?」
「違う…と思う一瞬だけなんだ抜けてるのは。」
「どうして一瞬だとわかるの?」
「判るさ。抜けてんのは俺の家族が死んだときの記憶だけだからな。…俺の話はもういいよ、それよりアンタの話を。」
「貴方が自分の過去について話したがらないように、私にも語りたくない事はあるんですよ。」


ジェイドの言葉を最後にルーク達は妙な空気のまま再び奥へ進み始めた。
上へ上へとひたすら続く階段を上り続けている途中ライガの尾が目に付いた。



「いたぞ!」
「ルーク様追っかけましょう!」
「ミュウも行くですの!」


ライガはルーク達の存在に気付いているのか居ないのかそのまま階段を上っていった。
その先から光が差し込んでいるところを見るとどうやら屋上に繋がっているようだった。
ルークとアニス、そしてミュウは逃がすものかと血気盛んに階段を登る。


「待ってください!アリエッタに乱暴な事はしないで下さい。」

其れを止めようとしたイオンまでティアの制止を聞かずに昇っていった。



「おやおや行ってしまいましたね、気が早い。」
「勇猛果敢というべきか猪突猛進と言うべきか、判断に迷うな…。」
「…アホだなーあいつら。」


後ろであきれ返っていたジェイドたちもすぐさま後を追った。

ガイを先頭にジェイドたちが屋上に着くとアリエッタがライガとグリフィンを従えて待ち構えていた。
上空を羽ばたいているグリフィンの両脚の先にはルークとアニスが捕まえられており、その下でイオンが座り込んでいる。
その様子からどうやらアニスがイオンを庇って捕まったと伺えた。

上空を悠々と迂回していたグリフィンだがアリエッタが手を上げて合図を送ると中央付近に戻ってきてアニスだけを放った。

「ギャー!!根暗ッタテメー!!ぶっ殺す!!っていうかマジ落ちるぅぅ!!」
「!まずい。」

それに気付いたがガイの後ろから飛び出した。
そしてアニスが地面に激突する寸前にアニスを横抱きで受け止めた。


「…間に合った…か。」
「あ、ありがと。」
「おやおやアニスお姫様抱っこですか〜?よかったですねぇ。」

その様子を一番後ろから見ていたジェイドが他人事のように茶化した。
アニスは若干顔を赤らめながらに地面に降ろされる。





―動けよ、俺。




「ガイ、どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。それよりルークは…。」

僅かに震える自分の手でギュッと握った拳を見つめていたガイにティアが声を掛けた。
ガイはそれを誤魔化すといまだ上空に捕まっているであろうルークに視線を送る。



「アリエッタ!なにするのよ酷いじゃない!!!」
「酷いのアニスだもん!アリエッタのイオン様をとっちゃったくせにぃ!」
「アリエッタ!違うんです貴方を導師守護役から遠ざけたのはそういうことではなくて…」

「あ!大変ですの!!」


アリエッタたちが一悶着起こしている間にグリフィンに落とされたルークをディストが空中で受け取りそのまま城中に戻っていった。



「ディストまで絡んでましたか…やれやれですね。」
「大丈夫かなぁ、もう。」


ジェイドたちはひとまずアリエッタたちを置いておき再び城の中に走り戻る。







「な〜るほど音素振動数まで同じとはねぇ、此れは完璧な存在ですよ。」


ディストがルークを連れ去った先は先程の巨大な装置。
そこの寝台のようなところでルークは気を失ったまま寝かされていた。
そのままその付近にあるディスプレイにうつっている情報を見ながらディストは一人ほくそ笑んだ。


「そんなことはどうでもいいよ。奴らが此処に戻ってくる前に情報を消さなきゃいけないんだ」

その横でシンクがくだらないものを見るような物言いでディストに告げる。



「そんなにこの情報が大事なら、アッシュにこのコーラル城をつかわせなければよかったんですよ。」
「あの馬鹿が無断で使ったんだ、後で閣下にお仕置きしてもらわないとね…ほらこっちのばかもお目覚めみたいだよ。」

ルークが眼を覚ましたことに気付いたシンクは装置で拘束されていた彼に近づいた。


「いいんですよもうこいつの同調フォンスロットは開きましたから
 それでは私は失礼します。早くこの情報を解析したいのでね…フフフ…。」


一人怪しげに笑みを零すとディストはそのまま譜業椅子に乗って何処かへと姿を消した。
シンクは其れを見届けるでもなく未だ自分がどういう状況に置かれているのか判っていないルークに顔を向ける。



「お前ら…一体おれに何を…」
「答える義理はないね。」


極めて短い会話を終えると其処へ上階からガイが飛び降りてシンクに切りかかった。
突然の上空からの奇襲にも関わらずシンクは機敏に反応しバックステップで交わす。
しかしガイは何かをシンクの懐から奪っていた。



「しまった!」


ガイはシンクから取った音譜盤(フォンディスク)を不思議そうに見つめる。

「そいつを返せ!!」

シンクがそれを取り戻そうと地面を蹴った。
しかしシンクの拳はガイ同様上階から飛び降りてきたにキィン!とレイピアで止められる。



「ちっ!次から次へと鬱陶し過ぎるんだよアンタら。…あぁ、リグレットやラルゴが言ってた仮面の女ってアンタのこと?」
「・・・・・。」

シンクの問にはレイピアで拳をはじいて答えた。
そのまま互いに後ろへ下がって距離を取り同じタイミングで再び地を蹴る。



「…爪竜斬光剣!」
一歩前へ深く踏み込み突きを放つ、シンクは逸れに供えようと眼前で腕をクロスさせるが、前からの突きはフェイント。
は既にシンクの後ろに回りこみ再び突き込む。
シンクは反応が遅れその突きの衝撃で仮面が飛ばされた。



「・・・・・。」
「…あれ…おまえ…。」



ガイはシンクを見て驚くように言った。
でさえ眼を見開き驚いたような、それでいて何かを確信したような表情でシンクを見た。
シンクは一度舌打ちして素早く仮面を拾って付け直しそのまま地を蹴って二人から一気に離れた。





「今回の件は正規の任務じゃないんでね。この手でお前らを殺せないのは残念だけどアリエッタに任せるよ。
 奴は人質と一緒に屋上に居るよ、振り回されてご苦労様。」


皮肉交じりにそう言い捨てるとシンクもディスト同様どこかへ姿を消した。




「大丈夫?一体貴方を攫って何のつもりだったのかしら…」

ガイ達がシンクと対峙している間にジェイドが装置を停止させルークを解放した。
そこにティアとアニスが駆け寄り安否を気遣う。



「くそっ!なんで俺がこんな目に会うんだ!」
「アリエッタのせいです!あの子ただじゃ置かないから!!」
「屋上でしたか、何度も同じ所を行き来するのは面倒ですがしかたないですね行きましょう。」




。」
「…なんだ?」
「お前も見ただろう?あのシンクってやつ…。」
「…今はアリエッタをどうにかするのが先だ。」



はガイの横、無論5メートル以上の距離を開けて通り過ぎざまそう言った。
そのまま一足先に屋上へと向かうルーク、そしてジェイドに視線を向けた。




―確信は…ない、が。アッシュ、ルーク。…そしてシンク。







屋上には意外な人物が待っていた。


「師匠!?」

ヴァンがアリエッタの前に立って剣を抜いていた。
アリエッタやライガがその場で気を失っているのを見ると既に決着はついていたらしい。
ヴァンは屋上にやってきたルーク達を見ると剣を鞘に戻した。


「カイツールから導師到着の伝令が来ぬからもしやと思いここへきてみれば…」
「すみません、ヴァン。」
「過ぎた事を言っても始まりません、アリエッタは私が保護しますがよろしいですか?」

その問にイオンが了承するとヴァンは軽々とアリエッタを横抱きにした。


「やれやれ、キムラスカ兵を殺し船を破壊した罪、陛下や軍部にどう説明するんですか?」
「教団でしかるべき手段を踏んだ後処罰し、報告書を提出します。それが規律というものです。」

アリエッタをつれて城外へ出ようとするヴァンにガイが聞くと、代わりにイオンが凛として答えた。
そしてそのままルーク達も後を追う様に城を後にし再びカイツール軍港へと向かった。





***





「これはこれはルーク様。」


軍港では既に復旧作業が進んでおり、其処の現場指揮監督としてきていた、キムラスカの伯爵アルマンダインが一行を迎え入れた。
伯爵の話で後数時間の後出港できることになり、ルークはその前に自国に伝書鳩を飛ばすよう頼む。
そのままイオンやヴァンが、自分達の僕(しもべ)が犯してしまった重罪に関して議論しているうちに出航準備完了の声がかかる。
ルーク達はそのまま連絡船キャツベルトに乗り込んだ。




「っはー!!これでやっとバチカルへ帰れるんだな!」
「途中経路の関係でケセドニアに寄る事にはなるけどな。」
「なんでもいいよ、もう外なんてうんざりだぜ。」
「ハハハハ!まぁそう言いなさんなって。後少し観光だと思って楽しめばいいさ。」


団体客室のようなところのソファでルークがどっと疲れたような声を出す。
ガイもそんなルークに笑いながら言う。
二人がそんな自宅内のような空気の中で穏やかに話していたところに一人のキムラスカ兵がやってきた。
その兵士はヴァンからの伝言、「話があるから甲板で待て」と伝えると敬礼し速やかに下がっていった。
ルークはヴァンとようやくゆっくり話が出来ると聞き喜びを露に甲板へと走って行った。



丁度その頃もデッキ周辺をあてもなくぶらつきながら潮風に当たっていた。

しばらく何をするでもなくカモメが飛び交う青空や、船によって白く上げられた水しぶきを眺めていた。
その内にの視界の端に赤い髪が映る。
自然とその方向に視線を送るとルークが10メートルほど先のところで海を眺めていた。
ルークは此方に気づくこともなくも特別話しかけることがあるわけではなかったのでそのまま立ち去ろうとした。




「…っいてぇ、だ、誰だ。」

しかし小さく聞こえたルークの声には足を止めた。
振り返ってみればルークは頭を抱えてしゃがみ込んでいた。そしてそうかと思えば覚束ない足取りで立ち上がる。


「お前が俺を操ってるのか!?お前なんなんだ!やっぱり幻聴じゃっ!」




―誰と話している?



苦しそうにしているルークの様子を伺っていると突然彼の周りを7色の光が球を描くような細い筋で流れ始めた。

「な、なんだよこれ!いやだ!やめろお!!」
「ル「ルーク!!」


が駆け寄ろうとした瞬間、ほぼ同時に男の声が聞こえ思わず甲板の影に身を顰めた。
ルークの背後からヴァンが駆けつけ取り乱すルークの後ろから声を掛ける。



「ルーク落ち着いて深呼吸しろ、私の声に耳を傾けろ、力を抜いて其のまま…。」

ヴァンの声に集中していくうちにルークを取り巻いていた光が消えた。
それと同時に力が抜けたルークはずるずると腰を下ろす。
一体何が起きたのかと聞くルークにヴァンは超振動が発生したと説明する。


「お前は自分が誘拐され7年間も軟禁されていたことを疑問に思ったことはないか?」
「それは…父上たちが心配して…」
「違う、世界でただ一人単独で超振動を起こせるお前をキムラスカで飼い殺しにするためだ。」
「先生、待ってくれよ、なにがなんだか大体超振動って?」



呆然と問うルークにヴァンは超振動について一つずつ順を追って説明した。

超振動は第七音素が干渉しあって発生しあらゆる物質を破壊し再攻勢する力。
本来は特殊な条件の下、第七音素譜術士がいて初めて発生するものであるがルークはそれを一人で起こせるということ。

そしてキムラスカの国王やルークの父親が其れを知っていて戦争時に有利になるよう軟禁しているということをつげた。



「…まさか一生このまま…。」
「ナタリア王女と婚約しているのだから軟禁場所が城に変わるだけだろう。」
「そんなの御免だ!確かに外は面倒な事が多いけど、ずっと家に閉じ込められて戦争になったら働けなんて…!」
「落ち着きなさい。」

今にも取り乱しそうなルークの肩を優しく叩いた。
そして腰をかがめてルークと視線の高さを合わせる。



「まずは戦争を回避するのだ、そしてその功を内外に知らしめる。
 そうなれば平和を守った英雄としてお前の地位は確立される、少なくとも理不尽な軟禁からは開放されよう。」




―そう都合よくいくものなのか…?それにそもそもルークは…





「大丈夫だ、自身を持てお前は選ばれたのだ超振動という力がお前を英雄にしてくれる。」
「英雄、俺が…英雄?」



ヴァンがそこでルークに見えぬよう嗤った。
その直後にボーッっという到着を告げる汽笛が鳴り響いた。



「着いたようだな、ここでバチカル行きの船に乗換えだ。私はアリエッタの様子を見てくるからまた後でな。」
「…はい」
ルークの力ない返答を聞くとヴァンはルークに背を向けた。
其れを確認するともヴァンたちに背を向ける。





―あの男の笑み…あれが自分の弟子に向ける物…か?むしろ…。









「立ち聞きとは聊か宜しくない趣味ですな殿。」
「…!ヴァン…殿。」


突然気配もなく自分の背後であくまでも笑みを携えながらヴァンが声を掛けた。
さすがに驚きを隠せなかったが、はそれでも冷静に振り返る。


「…申し訳ない、弟子思いの師のお言葉に感じ入っていた。」




―どうしてばれた?ここはあの場所からは死角に…それに気配も完全に殺した…。




「貴殿のような方を師として持てるルークは幸福以外の何物でもないかと存じる。」
「お褒めに預かり恐悦至極。…それでは、失礼。」





男の姿が完全に見えなくなった後もは暫くその場で動けなかった。





―心拍数が…上がっている。なんだ、この内側から心の臓を掌握されるような息苦しさは…





「…これが…『恐怖』…?」




は自分の手を握り締めながらケセドニアへと着いた船を下りていった。






→Episode5









絡み少ねぇ…。


今回書きたかったこと。


ガイもヒロインも互いに薄い防衛線張ってる感じの空気。
ガイがヒロインの事を「キミ」じゃなく「お前」って言ってるのもそれに関連させてるつもり。


あとはヒロイン華麗にアニスをお姫様抱っこシーン(笑)

女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理