「…もう、大丈夫だ。」




―Episode.11




降り止むことのない雪の中で、は小さくそれでいてしっかりとした声でそう言った。
ガイはそんな彼女の様子を見て微笑を携える。

「体冷えたんじゃないか?…部屋まで送るよ。」
「…あ、…ちょっと待ってくれ。」
「ん?」

展望台の出口の方へ二人がほぼ同時に歩き出したところで、突然が立ち止まった。
ガイが不思議そうに振り返ると、は目を瞑り何かに集中しているように見えた。

「翼が…再生する。」
「え?」

独り言のようにそう告げると、彼女の足元から円陣を描くように柔らかい風が吹き始める。
積もったばかりの粉雪を巻き上げながらその風は徐々に上昇し彼女を包んだ。
すると、その風がまるで絵画を描くかのように翼を作り上げた。
月光に乱反射する巻き上げられた粉雪の結晶が映し出すその光景があまりにも幻想的でガイは目を奪われる。
やがて翼が完全に再生し風が治まると、はゆっくりと目を開けた。

「…?どうしたんだ、ガイ。」
「あ、いや…」

そこでガイの真正面からの視線に不思議そうに問いかける。
それに気付いて我に返ったガイは言葉を捜すのに数秒もたついた。

「…すごいな。」
「私の種族にとって翼は足そのもののようなものだからな、損傷しても再生される。」

賞賛と感嘆のため息混じりに言うガイに、は至って冷静にそう返した。
なぜか自分だけ興奮してはしゃいでしまった子供のような、妙な羞恥心を抱いたガイは思わず苦笑してしまった。




「ところで、。」

ホテル内へと繋がる階段を下りながら、ガイが突然尋ねた。
物悲しいことに、今まで耐えていた恐怖症がここに来て限界に来たようで、その二人の距離は5mほど空いてしまっている。

「あんなところで何してたんだ?」
「・・・・・・・・。」

心配したんだぞ?とさらに付け加えるとは黙り込んだ。
ガイがそのまま返答を待っていると、答え難そうに口を開く。

「…出来れば言いたくない。…言えばたぶんお前は怒るだろう…?」
「ははっ、なんだよそれ。怒ったりしないさ俺は。」

いつもらしからぬ物言いに、ガイは思わず噴出しそうになりながら笑う。
ガイのその笑みを見ては続きを紡いだ。

「…翼が再生した後、あの場から飛び立つつもりだった。…このリングが発動するところまで。」
「な…」
「だが。」

自分の首に付けられたそれに手を当ててそう言った瞬間ガイの眉間が皺を作った。
怒らないと断言したばかりにも関わらず、ガイは思わず強く反論してしまいそうになる。
しかしその前にが言葉を重ねた。

「ガイのおかげで気が変わった。お前が私を『ヒト』だと言ってくれたから…。」
「…当たり前じゃないか。大体、本当にそんなことしたら俺は本気で怒るぞ。」
「…あぁ。」

普段付けている仮面がなかった分、ガイにはの表情の変化が見えた。
それはあまりにも微々たるものだったが、確かに穏やかで、暖かみを含んでいた。
そんな彼女の様子にガイはすっかり怒気が抜かれてしまう。

「じゃあ、今からだと少ししか時間ないけどちゃんと休めよ?ルークには俺が言っておくから。」
「あぁ、ありがとう、ガイ。」

間もなく部屋の前にたどり着き、ガイがそう告げるとはそのまま中に入っていく。
しっかりとドアを閉めたところを確認するとガイも自室へと戻った。





の馬鹿っ!もうめちゃくちゃ心配したんだからね!?」
「す、すまないアニス。」

翌朝、がいつもどおりの服に着替え仮面も被った状態で部屋から出たと同時にアニスが飛びついた。
気配から部屋の前に全員が居ることは判っていた。
しかしまさか扉を開けると同時に泣きそうな顔でそうされるとは思っていなかったは珍しく驚き、抱きつかれた反動で思わずよろめく。
どうしていいのか判らずにアニスの頭を撫でるように手を添えると、アニスは気恥ずかしくなったのか離れる。
一呼吸おいて顔をあげ、自分に集中している視線を受け止めながら静かに口を開いた。

「皆も、本当にすまなかった。…時間がないというのに随分と酷いことを…。ルークたちが居なければ今頃…。」
「何言ってんだよ、最終的に俺たちを助けてくれたのはだろ?」
「ルークの言う通りですわ。何も謝る事などありません。」
「ボク、さんの風の匂い柔らかくて大好きですの!」

居た堪れないような様子のにルークとナタリアがそう返すと、ミュウも彼なりに雰囲気を察したのか明るい口調で跳ねる。
ティアもガイも言葉こそなかったが気持ちは同じだった。
ルークたちの反応にどう礼を言えばいいのか、自分の中に生まれるこの暖かい感情をどう表現すればいいのか
はこみ上げてきたその思いをそのまま無意識のうちに表情にだした。

「…ありがとう。…よければこのままグランコクマに着くまでの、もう少しの間、共に居させて欲しい…。」
「そんなのいいに決まってるって!それになにもグランコクマに着くまでじゃなくてこれからずっと」
「ルーク…!」

肯定しか答えようのないの問いにルークが嬉々とした声と表情で答えた。
しかしそのままルークが言葉を続けようとしたところで、彼が何を言わんとしたのか察したティアが横槍を入れる。
そのティアの諌めの意味に気付いたルークは、なんとなく罪悪感を感じたのか、あ…、と申し訳なさそうに零して俯いた。
それはなにもルークだけではなかった。何かを言いたい、しかし何をどう表せばいいのか、皆目検討がつかない。

「さて、話がまとまったところで皆さん。一度私と一緒に知事の所に来てください。」

沈黙を打ち破ったのはジェイドだった。
もともとの性分故か、あるいは敢えてそうしているのか、やたら穏やかなその声にルークが顔を上げた。

「え?知事の所には昨日ジェイドが行ったんじゃなかったか?」
「そのつもりだったんですが、真夜中だったので秘書の方に明日、つまりは今日改めてくるようにと門前払いされてしまいまして。」
「案外のんびりした応対なんだなここの知事は。
 死んだと報告された人間が、拿捕されたはずの船で何の伝令もなしに入港だなんて結構な非常事態だろうに。」

ジェイドの答えにガイが独り言のような疑問を重ねた。それに対してジェイドは「観光の街ですから。」
と、いい加減な返答をした。




***




「お兄さん?!」
「『お兄さん』?!えマジ?!」

知事宅の秘書に通された奥の部屋で違った意味合いの驚愕の声が響いた。
革作りの高級そうな椅子に腰掛けていた若い金髪の女性が、ジェイドの姿を見るなり立ち上がって声を上げる。
彼女の「兄」という発言に今度はルークたちが驚きジェイドに振り返った。

「やぁネフリー、久しぶりですね。貴方の結婚式以来ですか?」

そんな一種の騒然とした雰囲気の中でもジェイドは暢気に問いかける。

「…お兄さん…。どうなってるの?アクゼリュスで亡くなったって…」
「実はですねぇ」

驚きのあまりずれてしまった赤縁のメガネを直しながら、それでもまだ冷静さを取り戻せない声色でネフリーが問う。
ジェイドはルークたち自身の言葉も含めてこれまでの経緯を説明した。
想定外にも程があるといっても過言ではないジェイドたちの話に、ネフリーは一息はいて椅子に座った。

「なんだか途方もない話だけど無事で何よりだわ。念のためタルタロスを点検させるから補給が済み次第ピオニー様にお会いしてね。」
「おや、私は死んだと思われているのでは?」
「お兄さんが生きていると信じていたのはピオニー様だけよ。皆さんも出発の準備が出来るまで暫くお待ちください。
 準備には今夜一晩かかると思います。宿をお取りしておきますからごゆっくりお休みください。」

ネフリーがそう告げるとルークたちはぞろぞろと部屋を後にする。
ルークが最後に部屋から出る際、ネフリーが何事かルークに言い残していた。
がそれに気付いてはいたが、敢えて何も言わず黙っていた。


ホテルに戻った後各自が思い思いに時間を潰した。
まさかまだ丸まる一晩かかるとは思わず、図らずもこの街が観光の街で在ったことに言いようのない安堵感を感じていた。

「ここにいたんですか。部屋に行っても居なかったので探しましたよ。」
「ジェイドか。」

誰もが寝静まった深夜、ジェイドが、ホテルの廊下の窓際に置かれた小さな椅子に座り外の景色を眺めているに声をかけた。
顔を上げたの姿にジェイドは歩み寄る足を一瞬止めた。

「…珍しいですね。深夜とはいえ公共の場で仮面を取っているなんて。」
「…もう少しこの景色を見ていたくて。…それに、明日になればもう必要なくなる。」

ちらりとジェイドに視線を送ると直ぐにまた窓の外へと戻す。
何か面白い物でもあるかのような、真摯ともいえるようなまなざしにつられ、の直ぐ向かいに来たジェイドも視線をやる。
しかしそこは取り留めてなにか特別なこともない、ただ雪が降り続けているだけの光景でしかなかった。

「ずーっと同じ風景見ていてよく飽きませんねぇ。」
「同じではない。」

ジェイドを見ずには続ける。

「この世に生まれた全ての物は、生まれた瞬間から終わりへと向けてカタチを変える。
 それが理だ。永遠に同じ姿を保っている物はそれはもう、モノではない。」

さらりと冷静に言い終えた彼女を見てジェイドは意味もなくメガネのブリッジに触れた。

「まるで自分がそうであるかのような物言いですね。」
「似たような物だ。事実私は作られてから20年ずっとこの姿のままだしな。
 …ところで、何の用だ?まさか世間話をしにきたわけではあるまい。」

そこで再びはジェイドに顔を向けた。しかし今度はジェイドの方が視線を窓のほうへとずらした。
そして腰の後ろで腕を組み一呼吸おいて振り返る。

「明日。…時刻的にはもう今日ですが。我々はグランコクマに着きます。
 ルークたちと私でアクゼリュスの件とセントビナーの崩落の危機について伝え、今後の動向の方針が決まった後、貴方には別の形で陛下に謁見してもらいます。」
「処刑の決行は?」
「…情勢が混沌としていますから断言できませんが、恐らく明日かと。」
「そうか。」

他人事のようにそれだけ言うと視線をまた窓の外に移す。

「…相変わらず冷静ですね、御自分の死が眼前に迫っているというのに。」
「慌てふためいて見せたほうがいいのか?」
「いえ、そういうわけでは…。むしろそんな貴方の姿は想像できませんよ。まぁ逆にレアなので見ものかもしれませんけど。」

苦笑交じりでいいながらジェイドは時々窓を撃つ雪を目で追った。
再び沈黙が訪れる前に今度はが言葉を紡ぐ。

「私は完全な兵器でもなければ生き物でもない。中途半端な存在だ。
 …むしろ、思念の命令を忠実に聞いて動くただの破壊兵器のほうが楽だったかもしれない。」
「…ガイが聞いたら怒りますよ?」
「あぁ。もう既に一度怒鳴られている。」

そこでが自嘲気味な笑みを零した。
いつの間にか自分に向けられていたピジョンブラッドの双眼に気付いていながらも、その視線は動かなかった。

「だがガイはそんな私を『ヒト』だと言ってくれた。自分達と何も違わない人間だと…。
 …その言葉を聴いたとき、私の中の何かが軽くなった。不思議な暖かさがこみ上げて来た。
 今になってそれがようやく『嬉しい』という感情だという事に気付いた。」

視線を床に落としかと思えば、自分の掌を意味ありげに見つめ、その後ゆっくり、ぎゅっと拳を握り目を瞑る。

「私は、そうでありたいと、ヒトでありたいと思う。…だが、私がヒト足りえるには大きく欠落しているものがある。」
「欠落しているもの?」

ジェイドの鸚鵡返しの問いには視線を合わせた。

「『死』というものに対するあらゆる感情…とでもいえばいいのか。
 死を恐れ嫌うのは、全ての生き物がもって当たり前の感情だ。…しかし、私にはそれがない。わからないんだ、死の恐怖というものが。
 だから明日、自分の命が絶たれるかもしれないという事実を突きつけられても、なにも思わぬ。
 言ってしまえば、私の中で『死』とは『逃げ』そのものなんだ。」
「逃げ、ですか?」
「そうだろう?…『死をもって償う』など所詮空論に過ぎぬ。死んだ物に、終わったものに何が出来る。
 私はノーリアの人々に恐怖を与え、そして滅ぼした。しかし、私は明日死の瞬間を迎えてもその恐ろしさというものを感じることはない。
 果たしてそれでマルクトの人々は満足するのか…?私が恐怖も何も味わぬまま逃げると言う選択肢を選んでも…。」

前例のない捕虜の問いにジェイドはすぐに返答できなかった。
どこから言うべきなのか、自分が話を持ち込む余地があるのか、この一瞬の間に男の脳裏では多くの論が浮かんでは消えた。

「それはつまり、遠回しに『死にたくない』と言っているのですか?」
「違う。しかし、特別死にたいというわけでもない。…すまない、自分の中でも結論が出せていないんだ。
 だが、マルクトの人々が私の死を望み、それで満たされるというのなら私は甘んじてそれを受け入れる。」
「…生き延びることに縋りつきたいという意志は…」
「…ない。」

そういいきった所で完全な沈黙が訪れた。

「…今日は良く喋りますね、。」
「あぁ…自分でも驚いている。…話は終わりか?だったら私は休ませてもらう。」
「えぇ、引き止めてしまってすみません。…おやすみなさい。」

ジェイドの言葉を聞き、は立ち上がり、何のためらいもなく背を向けて歩き出す。
その後姿が闇に飲まれ消えかけようとした瞬間ジェイドが思わず声をかけた。

…!」
「…なんだ?」

立ち止まり振り返った彼女の視線を、床に向けることで一瞬避ける。
間をあけてジェイドは顔を合わせた。

「…こんなこと、私が言っても厭味にしか聞こえないかもしれませんが…。その、…どうか、良い夢を。」
「え…。」
「…!いえ、なんでもありません。今のは聞かなかった事にして忘れてください。」

言ってから誰よりも自分が驚いたジェイドはいつもの冷静さを欠いた、若干慌てた物言いで眼鏡をずれてもいないのに直した。
その様子があまりにも意外だったからか、の口は小さく弧を描いていた。

「お前らしくないなジェイド。」
「えぇ、…自分でも驚いてます。」

ほんの僅かの間みせた笑みをジェイドは無意識のうちに焼き付けていた。
やがての姿が完全に見えなくなり気配も消えたところで、今まで彼女が座っていた椅子に視線を落とした。

「本当、何を言ってるんでしょうね私は…。ところで。」

そこでいきなり振り返って照明の届かない暗がりの空間へ声をかけた。

「いつまで隠れているつもりですか?立ち聞きなんて趣味が悪いですよ、ガイ。」
「…う。なんだ、ばれてたのか…。」

すると、ぼんやりとした灯りの元にガイが気まずそうに姿を現した。

「これでも一応プロの軍人ですから。の方は珍しく気付いてなかったみたいですけど。」
「わかってたなら一言言ってくれたっていいじゃないか…。」
「あのままにしていたら貴方がどんな行動とるのか面白そうだったんで。」

悪人笑いという物がぴったりとあてはまりそうなジェイドの表情と言葉に、ガイは『どっちが悪趣味だ』と脳内で零す。
そのままジェイドの隣へ歩み寄り窓の外へ遠くを見るような視線を運んだ。

「なにか言いたいことがあるんじゃないんですか?」
「…そりゃ、山ほどあるさ。でも何をどう言っていいのかわからない。さっきのの話を聞いたら余計に…。」
「私も正直戸惑いましたよ。今まであのような問いを投げかけられたことなんてありませんでしたから。」
「旦那…。もう、変えられないのか?本当にこのままグランコクマにいったら…彼女は…は…
 俺は、どうしても腑に落ちない。あんな事実を聞かされちまったら尚更…。」
「…私は一軍人に過ぎません。最終的な判断は陛下が下しますから。」

肯定でも否定でもない曖昧なジェイドの返答にガイは俯くだけだった。

「なぁ、ジェイドはどう思ってるんだ?マルクト帝国軍のジェイド・カーティスとしてじゃなくて、アンタ自身は。…本当はアンタだって…!」
「もう、この話はお終いにしましょう、ガイ。明日も早い、それに、言ったはずです、最終的な判断は陛下が下すと。」

感情の波にまかせて言葉を続けようとしたガイを阻むようにジェイドはそう言い切る。
これ以上の問答は無意味だと告げるようなその雰囲気にガイは黙すほかなかった。
そのまま、また何かガイが言い出す前にジェイドは自分も休むと告げ部屋に戻った。
引き止めて何か言ってやりたい。そんな思いを堪え、ガイはジェイドの姿が見えなくなるのをただ見つめていた。

一方その頃。

「…イオン殿…?!」
「あ、よかった…もうお休みになられたのかと思ってました。」

が部屋の前にたどり着くとそこにはドアを背もたれにして立つイオンが居た。
意外すぎる人物の姿にの語尾が驚嘆を表す。

「どう、なされた?このような夜更けに…。」
「すみません。僕、どうしても貴方と話がしたくて…。でももしもう休んでしまったのなら勝手に入るわけにも行かなかったので。」
「まさか、ずっとここで待って居られたのでは…。」
「はい。」

ニコ、と屈託のない笑みに、驚愕と呆れと、知らずとは言え待たせてしまった事への罪悪感が全て入り混じったような不可思議な息をついた。
そのままとりあえず急いで部屋の中にイオンを通す。そしてシングル仕様のベッドの端に二人並んで腰を下ろした。

「まず、なにから話せばいいのでしょうか…。にはチーグルの森からずっと助けてもらってばかりだったのに、きちんとお礼も言えなくて…。
 とくにアクゼリュスでは、僕のせいで貴方を酷い目に合わせてしまいましたし…。」
「…あれは私が勝手にしたこと。イオン殿が負い目を感じられることなど一つも…。」
「それに…!」

膝の上で組んでいたイオンの手にぎゅっと力が入った。

「アニス達に聞きました、あの洞窟であった事も貴方自身の事も。
 、どうか僕に陛下へ取り成させて下さい…、貴方を死なせたくないんです…!」

イオンの真摯な視線が向けられた。あまりにも至純なそれには思わず床に逸らす。

「しかし、私が多くの人を殺めたのは変えようのない事実…、その裏にどのような事情があろうとも罪は報いらなければ。
 それに、私は元々そういう約定の上でジェイドたちについてきた。それを破棄するわけには…」
「でも…!それでも僕は…!」

そこでイオンはいきなりの腰に抱きついた。嗚咽を堪えているのか、その体はかすかに震えている。
しかし、突然の出来事にも関わらずは大して驚きもせず、されるがままになっていた。

「ごめんなさい。貴方を困らせたくてこんなこと言ってるんじゃないんです。
 何の力にもなれないのが口惜しくて…。助けてもらうばかりで何も出来なくて…僕は…
 僕は、貴方の優しさにどこか母親の慈愛に満ちた暖かさのようなものを感じていたんです…。ずっと。」
「…え…?」
「おかしいですよね、僕に母は居ないのに。だけど…、すみません。…少しの間だけこうさせてください…。」

それだけ言うとイオンは顔をうずめたまま何も言わなくなった。
イオンの言葉と気持ちに言い表しようのない暖かいような切ないような複雑な思いを受けながら、はイオンの頭を撫でた。
その後疲れが出たのか、そのままの体制で眠ってしまったイオンを背負い彼の部屋に連れ戻した。



***



「何者だ!」
「私はマルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐だ。」

翌日、整備の終わったタルタロスに乗り込み、ローテルロー橋付近で陸を歩き、国に入る前に越えなければならないテオルの森に踏み入った。
グランコクマに直接繋がるその森はマルクト軍が直々に警備を行っている。
キムラスカとの拮抗した状況下で、その厳重な体制は森全体にピリピリとした空気を張り巡らせていた。
森の入り口に立っていた二人の兵士が鋭い声色で止めるとジェイドがすっと前にでて名乗る。

「カーティス大佐?!大佐はアクゼリュス消滅に巻き込まれたと…」
「私の身の証はケテルブルクのオズホーン子爵が保証する。皇帝陛下への謁見を希望したい。」

ジェイドの言葉に二人の兵士は互いに顔を見合わせ思案にふけるような表情を見せた。
その後ジェイドの後ろに居たルークたちをちらりと確認すると、ジェイド一人なら通すと告げる。

「えー?!こちらはローレライ教団の導師イオンであらせられますよ!」
「通してくれたっていいだろ?!」

兵士が出した条件にアニスがそう主張するのに便乗してルークもそう言った。
しかし兵士は頑として譲らず、たとえダアトの導師であろうとも通せないと聞く耳を持たなかった。

「皆さんはここで待っていてください。私が陛下にお会いできればすぐに通行許可を下さいます。」
「それまでここにおいてけぼりか。…まぁ仕方ないさ。」
「それではご案内します。」

ガイが全員の心情を代弁するかのようにそう言うと二人の兵士はジェイドとともに森の奥に姿を消した。
その後ルークたちは、通行許可がおりるまでその場にすわりこみ、ただ時間が過ぎるのを呆然と待っていた。
しかし2時間ばかり程すぎても何の音沙汰もなかった。

「まだかなー…。」
「ただ待つのも結構大変ですわね。」

ルークとナタリアがそう零したときだった。

「ぐぁあ!」
「!今のは…?!」

突然森の奥から男の悲鳴が聞こえ、ルークたちは走ってその声の方へと向かう。
行き着いた先にはマルクトの兵が腕を負傷して膝を着いており、その彼の証言によれば神託の盾の兵が襲ってきたとの事。
なぜこの時にこの場所へ強行してきたのか、その場で話していても埒は明かず、結局そのまま兵の後を追う事となる。

「もうすぐ出口だぞ、神託の盾のやつもう町に入っちまったのか?」

しかし神託の盾をみつけることは出来なかった。
マルクト兵の監視を、息を潜めて掻い潜り進んだ先はもう森の出口であり、ルークが不思議そうにそういった。

「マルクトの兵が倒れていますわ!」

そんな矢先、ナタリアが倒れていた兵士に気付き走り寄った。

「!だめだ、ナタリア!下がれ!」
「え?!きゃっ…!」

その時何かに気付いたが地を蹴り、ナタリアの体を抱えながら瞬時に飛び退いた。
そしてナタリアを背後に庇い、振り向きざまにレイピアを抜き取り構える。
それとほぼ同時に大鎌がキインと音を立てた。

「…ふん、相変わらずいい反応をするじゃないか、。」
「…貴様こそ、その豪胆さには舌を巻くな、ラルゴ。」
「お前は、砂漠で会った…!」

武器越しに二人が言い終わると同時に武器を弾き互いに一歩引く。
の後ろでナタリアが弓を緩めず構える。
その様子を見ていたルークが自分の剣を抜きラルゴに詰め寄る。

「侵入者はお前だったのか!グランコクマに何の用だ!」
「前ばかり気にしていてはいかんな、坊主。」
「え?」

ラルゴの言葉につられルークは後ろを振り返る。
するとそこには剣を抜き、ルークに切り掛ってくるガイがいた。

「ガイ?!」

驚いたルークはギリギリで刃を弾く。
しかしガイは間をおかずルークをおそった。

「ちょっとちょっとどうしちゃったの?!」
「いけません、カースロットです。どこかにシンクが居るはず!」

突然の展開に戸惑っているアニスにイオンがそう言うとティアたちは周囲を見回す。
そこに生じた隙をラルゴが見逃すはずがなかった。

「おっと、俺を忘れるなよ。」
「!させませんわ!!」

ラルゴが大鎌を振るう前にナタリアは瞬時に振り向き矢を放った。
ラルゴはそれを素手で受け止め、握り折る。

「ふははは!やってくれるな姫!」
「きゃ!また地震!」

ナタリアの反応にラルゴが豪快に笑った直後、地面が大きく揺れ、アニスが膝を着いた。
その時ティアが気配を察し、鬱蒼と生い茂った木を見上げる。

「ナタリア!上!」

ティアが指差す先を狙ってナタリアが再び矢を射った。
その矢は標的の肩を射抜き、崩れ落ちるようにシンクが姿を現した。
シンクのカースロットの効果が切れ、ガイがその場で気を失い倒れる。

「ガイ…!」
「やっぱりイオンを狙っているのか!それとも別の目的か!?」

倒れたガイを肩で支えながらルークが問い詰める。

「モースの命令?それともやっぱ主席総長?」
「どちらでも同じことよ。俺たちは導師イオンを必要としている。」
「アクゼリュスと一緒に消滅したと思っていたが。…たいした生命力だ。」

射抜かれた肩を抑えながらシンクが皮肉混じりに吐き捨てる。

「ぬけぬけと…!町ひとつを消滅させておいてよくもそんな…!」
「履き違えるな!消滅させたのはそこのレプリカだ。」

シンクがそう言い切ったところで、この騒動にようやく気付いた兵士が声を荒上げた。
それを聞き兵士が駆けつける前にシンクとラルゴは姿を消した。

「何だ、お前達は。」

入れ替わるようにやってきた兵士に事情を説明した。
しかし全面的に信用してはもらえず、拘束はされなかったものの連行される形でグランコクマに連れて行かれることとなった。



「ルーク殿ですね。ファブレ公爵のご子息の。」
「どうして俺の事を…」

水上の帝都グランコクマの入り口ではアスラン・フリングス少将とその部下が待ち構えていた。
ルークたちの身柄を預かるとフリングスは意外にも穏やかさを含んだ冷静な声色でルークに話しかける。
彼の話によれば、ジェイドに頼まれテオルの森の外へ迎えに行く手はずだったがその前に森に入ってしまいこの状況になったとのこと。

「すみません、マルクトの方が殺されていた物ですから、このままでは危険だと思って…。」
「いえ、お礼を言うのはこちらのほうです。ただ、騒ぎになってしまいましたので皆さんは捕虜扱いとさせていただきます。」

ティアの謝罪にフリングスがそう答えると、ルークがガイを支えたまま一歩踏み出た。

「そんなのはいいよ!それよかガイが…!仲間が倒れちまって…」
「彼はカースロットにかけられています。しかも抵抗できないほど深く犯されたようです。
 どこか安静にできる場所を貸してくだされば、僕が解呪します。」

言葉足らずなルークをフォローするようにイオンが進み出る。
その彼の言葉にルークはイオンへと視線を落とした。

「おまえ、これをどうにかできるのか?」
「というより、僕にしか解けないでしょう。これは本来導師にしか伝えられていないダアト式譜術の一つですから。」

二人のこの会話を聞いていたフリングスは城下に宿をとらせることにした。
陛下への謁見はまた別の機会にということになり、フリングスは宿に部下を残してこの場を去ることになった。

「イオン殿…!」

フリングスの部下が二人でガイを支え、宿に向かうイオンの背中にが声をかけた。

「その、…私も一緒に行かせてはもらえぬだろうか…。」
「!えぇ、もちろんです。アニスと貴方が居てくれれば僕も安心できますから。」

俯きながら言うの気持ちを察したのか、イオンは比較的明るい声でそういった。

「待てよ!俺も一緒に…!」
「ルーク、いずれ判ることですから今お話しておきます。
 カースロットというのは決して意のままに相手を操れる術ではないんです。」

呼び止めたルークにイオンが冷静にそう告げると、ルークは意味を理解できなかったのか、どういうことかとさらに問いを重ねる。
イオンは深刻な面持ちで視線を落とした。

「カースロットは、記憶を揺り起こし、理性を麻痺させる術。
 つまり、元々ガイにあなたへの強い殺意がなければ、攻撃するようなマネはできない。そういうことです」
「そ、そんな…」
「解呪が澄むまでガイに近寄ってはいけません。」

告げられた真実に驚愕を隠せずに茫然自失としたルークにイオンは止めを刺すかのようにそう言った。
立ち尽くしてしまった彼とティア、ナタリアをそこに残しイオンたちは宿屋へと向かった。

「少し時間がかかると思います、そこで待っていてください。」

用意された宿屋は、フリングスの気遣いからか、同フロアに別の客がいない場所だった。
その一室にイオンとアニス、そしてが入り、二人の兵士は支えていたガイをベッドに寝かせると部屋を出て行った。
気を失ったガイの側らにイオンが立ち、解呪が始る。
アニスとは部屋のソファに腰掛その様子を見守っていた。

。」
「なんだアニス。」
膝の上で手を組み俯いたままだったを見てアニスが覗き込むように声をかけた。

「眉間に皺できてるよ?」

そういうとアニスは仮面の隙間から手を入れ人差し指でそこをつく。
アニスはそのまま指に力を込め、の顔を無理やり上げさせた。

「イオン様なら絶対ガイを治してくれるから大丈夫だよ。」
「…そう、か。」

折角顔を上げさせて視線を合わせたにも関わらずは直ぐに目を逸らす。

「もう!信用ないなぁ!そんなにガイが心配?」
「…わからない。」
「へ?」

その態度が腑に落ちないのかアニスがやや膨れっ面で詰め寄る。
しかしの口から出た答えに思わず気の抜けた声を出してしまった。

「さっきから酷い焦燥感が治まらない。もしガイがこのまま目覚めなかったら、と思うと平常心を保てない。無論、イオン殿の腕は信じてる。だが…
 …でも、そうか。これが『心配する』ということなのか…。」
…。」

いつもらしからぬ弱気な物言いに、アニスは同情に似た複雑な思いを抱いた。
自分達と変わらないと思いつつも、やはりどこか根本的なズレがあることは否めない。
しかし、だからといってそのことを咎めることなど出来はしないし権利もない。
どうしていいのか判らなくなってしまったアニスは沈んだままのの表情を伺いながら言葉を捜した。
そして数分後、突然悪戯を思いついたような笑みを浮かべ再び覗き込むように声をかける。

「よし!わかった、そんなにガイが心配ならガイが起きるまで手を握ってればいいんだよ!きっと飛び起きるんじゃない?」
「…な、何を。」
「あ、がびっくりしてる〜。いいじゃんいいじゃんほらほら〜。」

するとアニスは腕をひっつかみ無理やり立たせる。
突然の言葉と行動にはよろめきながらつられて立ち上がった。
そのままアニスはガイの側らに連れて行こうとさらに腕を引っ張る。

「まてアニス!イオン殿の邪魔になってしまうだろう…!」
「大丈夫だって!あ、それともなに?照れちゃってるの〜?」
「てっ、照れてなどいないっ!」
「わっは!ってば顔真っ赤!かーわいいー。」

「二人とも、少し静かにしてください。気が散ってしまいます。」

「も、申し訳ない。」
「えへへ、ごめんなさいイオン様。」

二人のおどけたやりとり―厳密に言えば一方的なアニスのからかいの間にイオンが割って入った。
イオンの諌めを聞きそれぞれ謝罪すると再びソファに戻る。

「ほら〜イオン様に怒られちゃった。ま、いいやおかげでが本当は照れ屋さんだってわかったし。」
「・・・・・・っ!」

さっきまでの張り詰めた空気が吹き飛んだ中でアニスはしてやったり顔でニヤついた。
一方は珍しく何も言い返せず今だ若干顔を赤らめながら黙り込んだ。



「…解呪成功です。」

それから一刻もたたないうちに、イオンが静かに息を吐きながらそう告げた。
それを聞きアニスはイオンの元に駆け寄り、支えながら椅子に座らせ、はガイの側らに立った。

「…う…」
「ガイ…!」

それからまた数分後にガイが目を覚ました。
ぼやけた視界をさましながらその場でゆっくり起き上がる。
椅子に座り体を休めていたイオンが再び立ち上がり顔色を伺った。

「具合はどうですかガイ。」
「ん?あぁ、まだちょっと本調子じゃないけど大丈夫だ。すまなかったなイオン、助かったぜ。」
「…よかった…。」

ガイが笑ってそう言う姿を見てが誰にも聞こえないように言った。
しかし、アニスはその安堵の篭った言葉を聞き逃さず、再び小悪魔のような笑みを携えの腕に飛びついた。

「聞いて聞いてガイ!ってばねぇさっきすっごい」
「!お、おい、アニスやめ」

アニスが何をたくらんでいるか一瞬で察知したが慌てて止めようとしたその時。
二人の声は、やや荒々しくドアを叩く音で遮られた。

「導師イオン!入ってもよろしいでしょうか?」

イオンが了承するとマルクトの兵士が5,6人群がって入ってきた。
彼らの雰囲気からガイやイオンを心配して来たのではないとすぐに読める。
不穏な空気をかもし出しながら兵士達は槍を構え一斉にを取り囲んだ。

「大罪人・プルーマ・ラペルソナ!皇帝陛下とカーティス大佐からのお触れだ、我々とともに来てもらおう!その武器を外せ!」
「・・・・・。」

は無言のまま腰のレイピアを抜き取りそれを床に放った。
一方的な展開に思わずイオンたちも身構える。

「待ってください!彼女は…」
「イオン殿。貴方にまであらぬ嫌疑を掛けられてしまう。何も言わないで頂きたい。」
「しかし…!」
「えぇい、無駄口を叩くな!」
「…うっ…」

そこでいきなり感情的な兵士が槍を持ったままを床に押さえつけ、無理やり後ろ手を縛り上げた。
突然の反動の痛みに顔を歪める。

「おい!彼女は無抵抗なんだぞ!そんな乱暴に…!」
「黙れ!こいつは村を消滅させ、我々の仲間を皆殺しにした大罪人だ!
 まったく、カーティス大佐もなにを考えていらっしゃるのか、こんな化け物を連れ歩くなんて…」
「なんだと…!なにもしらないあんた等が勝手なことを…」
「やめろガイ!」

激昂したガイがいまにも兵士に飛びつきそうになる前に、が大声を張り上げた。
息荒いガイが拘束されたをもどかしそうに見やる。

「これは…私の問題だ。お前を巻き込みたくない。」
「っだけど…!」
「では導師、御前を失礼します。」
「あっ…」

止めようとしたイオンの手が虚しく空を掻いた。
静まり返った空間の中で、ガイが壁を叩く音が妙に響く。

「くそっ、また俺は見てるしか出来ないのか…!」
「…本当にもう、どうしようもないのかな…。」

顔を俯かせたままのアニスの独り言のような問いに、誰も何もいえなかった。



***



「セントビナーの救出は私の部隊とルークたちで行い、北上してくるキムラスカ軍は、ノルドハイム将軍が牽制なさるのがよろしいかと愚考しますが。」
「小生意気をいいおって。…まぁよかろう、その方向で議会に働きかけておきましょうかな。」

丁度そのころ、城では今後の大よその方針が固まっていた。
セントビナーの救出にはキムラスカからの圧力がありまごついていた。
その上、逆にマルクト側はキムラスカが戦争の口実にアクゼリュスを消滅させたという考えがぶつかり行動そのものに移せていないのが現状だった。
しかしルークたちの言動におされ、ジェイドの後ろ盾があるのも考慮しピオニー陛下側近のゼーゼマンがそう譲歩した。

「じゃあセントビナーを見殺しには…」
「無論しないさ。とはいえ助けに行くのは貴公らだがな。
 …俺の大事な国民だ。救出に力を貸して欲しい。頼む。」
「全力を尽くします。」

ルークの肩をぎゅっとつかみながら言ったピオニーの言葉にそう答えたところで、謁見の間の扉が音を立てた。

「皇帝陛下、カーティス大佐。例の者を連れてきました!」
「入れ。」

ピオニーの返答を聞くと兵士達はをつれ足早に入っていく。
そのまま陛下の御前で床に伏せるように押さえつけた。
ピオニーは自席にもどり座り込んだままなにも言わないを数秒じっと見つめた。

「…仮面をとれ。」

直ぐ側にいた兵士が仮面を剥ぎ取った。

「ほーう。面白いもんだ、本当に20年前に手配された写真と変わらないんだな。」
「へ、陛下!何を悠長な!こやつは即刻処刑を…!」

暴かれた人相にいたって暢気な感想を述べる横でゼーゼマンが取り乱すかのように慌てて諌める。
その様子を見ていたルークが兵士を押しのけ前に踏み出た。

「ま、待ってくれ陛下!処刑なんてそんなの…!だっては…」
「ルーク!」

取り成そうとしたルークの言葉をが声を張り上げとめさせる。
その凛とした声は広いこの謁見の間に響き渡る。

「私は全て承知の上でここにいる。余計な口を挟むな。」
「だけどよ!」
「ハハハ、なかなか凛々しいお嬢さんじゃないか。」

この場の空気にはどうしても合わない軽い笑いがピオニーから零れる。
歯痒そうな面持ちで部下達は陛下の動きを待った。

「陛下。こやつはもう今更裁判にかける意味もありませぬ、直ぐに…!」
「まぁまて慌てるなじーさん。…さて、ここに一通の伝書がある。
 差出人はジェイド。場所はケテルブルクからだ。これを読んで俺は驚いたぜ。」

そういうとピオニーは懐から数枚の紙を取り出した。

「俺の親父の親父の親父の…あー…とにかく。初代の皇帝がとんでもないことしたらしいな。
 それに、お前さんの種族の事についても書いてあったよ、。」
「そ、それは!」

書の内容を大雑把にわざとらしく告げると、ゼーゼマンと、彼と同じく陛下を幼少の頃から見てきたノルドハイム将軍があからさまに動揺した。
ピオニーはそんな二人の反応をみやりながら書面に視線を落とす。

「ここに書いてあることと俺がじーさんたちから教わったこととまるで違うのはどういうことだろうな。」

ゼーゼマンとノルドハイムは視線をそらした。
先の読めない空気にその場に居た兵士達がざわめき始める。

「ま、惑わされるな陛下。それが真実という証拠はどこにも。」
「おいおいゼーゼマン、ジェイドが今まで嘘の報告をしたことがあるか?
 こいつはいつどんなときも本当の事しか言わなかっただろうが。たとえその報告で自分が不利になろうともな。」
「・・・・っ。」
「こいつを読んだ限り、俺の一族も同罪だ。それを知った上でお前さんだけ処断するのはどうも腑に落ちん。」
「しかし陛下これとそれとは別問題では…」
「何処が違うんだ?あーもういい。じーさんと話してると頭痛くなるぜ。俺は国民に嘘つきたくないんだよ。」

いつまでも返答を渋るゼーゼマンたちに痺れを切らしたピオニーはガリガリと後頭部を掻きながら立ち上がった。
ざわめきの納まらぬ中、ルークたちは固唾を呑んで陛下の言葉を待った。

「…本日これより大罪人・プルーマ・ラペルソナの罪を帳消しとする。マルクト領全域に配置された手配書も全て早急に破棄せよ。」
「なっ!」

あまりの急展開にさすがのも顔を上げた。
大胆すぎる陛下の勅命に兵士達にどよめきが広まる。

「陛下、何を考えておられます!これでは国民が納得しませんぞ!」
「そのときは俺自ら俺の一族がやっちまったことを説明する。種族そのものを根絶やしにした分俺たちの方が罪が重いだろうが。」
「ですが…!」
「と、いうわけだ。よかったな、お前さんはもう自由だ。」

部下の非難の声を聞き流し、唖然としたままのの前に膝を着き彼女の肩を他人事のようにぽんと叩いた。
一体何がどうなってしまったのか、思考の追いつかないの表情を見て不思議そうに首を傾ける。

「どうした、嬉しくないのか?死なずに済んだんだぞ。」
「…しかし…それでは民に示しがつかぬのでは…」
「おいおいなんだ、そんなに死にたいのか?それに言っただろ、俺も同じような罪を背負ってんだ。お前さんの種族からすれば俺の方が大罪人だ。
 それなのに俺だけのうのうと生きるなんてそれこそ示しがつかない。…さて、俺はこれから議会を招集しなきゃならん。後は任せたぞジェイド。」

もう一度ぽんと肩を叩くと弾けるようにジェイドとすれ違い様にそういい残すと、どよめきの治まらない兵士達の声を後ろに歩き出す。
今まで座り込んでいたが急いで立ち上がり、いつの間にか緩くなっていた腕の縄を無理やり解いてピオニーの背中に声をかけた。

「…陛下!」
「なんだ?」

今までのやり取りが嘘だったかのようにピオニーは暢気な様子で振り返る。

「その…忝い。なんと言葉を述べればよいのか…。今後は、身命を賭してマルクトの民に陛下の品位を損なわぬよう随従する所存で…」
「…ぷっ。」
「…?」

いきなりピオニーの肩が大きく震えだし言葉を遮った。

「く、ハハハッ!いや、すまん、ジェイドからなんとなく話は聞いていたが、お前さん本っ当面白いな、そのしゃべり方と言い…物腰と言い…!」

腹部を抱えながら笑うピオニーの前には再び唖然とするほかなかった。
その片隅でジェイドがやれやれといった表情で密かにため息をつく。
すっかり取り残されてしまったような気分に陥ってしまったルークたちも何もいえなかった。
その後未だに笑いを堪えているピオニーを見かね、ジェイドが議会の召集を促すと、ピオニーはどこか名残惜しげにその場を後にした。
ピオニーの後ろを慌てて部下達が追い、やがて謁見の間には見張りの兵士以外誰も居なくなった。

「…や、やったぜ!よかったな!」

数秒の沈黙を置いてルークが立ち尽くしていた彼女の手を握った。
それをきっかけにティアたちも我に返り、彼女の元に歩み寄る。しかしの表情は複雑なまま変わらなかった。

「しかし…本当にこれでよかったのだろうか…。」
「陛下がいいと仰ったんだからいいんじゃないんですか。納得いかないのなら貴方が自分なりに罪滅ぼしになる生き方をすればいいでしょう。」
「大佐の言う通りよ。」
「そうですわ。是非また私達に力を貸してくださいませ!」
「…あぁ…!」

ナタリアにいたっては涙を零しそうになりながらそれぞれ言葉を述べた。
言いようのない暖かさには握られた手をぎゅっと握り返した。


その後ルークたちは解呪の終わったガイの下に駆けつけた。


カースロットの意味を知らされたルークは開口一番にガイに頭を下げる。
ガイは曲がり形にもルークに殺意を抱いていたのはルーク自身のせいではないと説明した。
どういうことか追求すると、ガイは自分がホド生まれのマルクトの人間だと告げる。

「俺が五歳の誕生日にさ屋敷に親戚が集まったんだ。んで預言士が俺の預言を詠もうとしたとき戦争が始った。」
「ホド戦争…」
「ホドを攻めたのは確かファブレ公爵ですわ…」
「そう、俺の家族は公爵に殺された。家族だけじゃねえ、使用人も親戚も。
 …だから俺は公爵に俺と同じ思いを味あわせてやるつもりだった。」
「貴方が公爵家に入り込んだのは復讐のためですか?ガルディオス伯爵家、ガイラルディア・ガラン。」
「うおっと、ご存知だったってわけか。」

その後もルークはそれでも自分と一緒に居るのが嫌なのではないか、自分のせいでガイを苦しめてしまうのではないかと自責するように言い続けた。
それに対してガイはそうではないと否定し、わだかまりがないといえば嘘になるが、それでもルークが嫌ではないのならもう少し一緒に旅させてくれないかと願い出た。

「…わかった。ガイを信じる。いや、ガイ信じてくれ…かな。」
「はは、いいじゃねえかどっちだって。」

そこで互いに小さく笑いあった。
喧嘩をするのではないかとヒヤヒヤしていたイオンがほっと息をつく。
話の区切りがついたところでガイは話題を転換した。

「ところで。罪が帳消しになったって本当か?」
「…あぁ、陛下には感謝の言葉もない…。」

その言葉を聞き心底安心したような微笑を浮かべる。

「なら、お前もまた一緒に俺たちと旅できるんだな。…よかった。」
「さて、いい感じに落ち着いたようですし、そろそろセントビナーに向かいましょうか。…と、その前に。」

部屋の後方から出てきたジェイドがそういうと一度が眼鏡を直しに振り返った。

、またちょっと仮面を取ってこちらに来てください。」
「…?あぁ。」

疑問符を浮かべながらもすんなりとジェイドの言うとおりに彼の前に近づくとジェイドは後方に回った。
そして肩にかかる黒い髪を丁寧によけると、丸出しになった首のリングに自分の手を添える。
すると小さな電子音がなり、カシャンと音を立て外れ、床に落ちた。

「これももう必要ないでしょう。」

そういいながら床に落ちたリングを拾い上げテーブルの上に置く。
解放された自分の首に手を添えながらは振り返った。

「…いいのか?」
「あなたはもう『捕虜』じゃありませんからね。あぁでもお望みと在らば喜んで付けて差し上げますよ。
 あれはあれで中々貴方に似合っていたと思いますので。」
「おいおい」

おちゃらけたジェイドの言い草にルークが呆れるとその場で穏やかな笑みが溢れた。
も笑みを浮かべ、その様子をガイが慈しむように見守っていた。


その視線にが気付くと二人は密かに見つめあいながら笑みを交わしていた。









→Episode12




新作お待たせしました。えらい長くてすみません…。
書きたい場面ガンガン詰め込んでたら台詞ばっかりになってしまったorz
次はもう少し早く更新できたらいいなと思いますが…うーん。

ところで、ティアがやたら空気でしたね、すみません。


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理