「大丈夫ですか皆さん!!」




―Episode.10




ルークたちが洞窟の外へ飛ばされた後もしばらく揺れは続き、瓦礫がつみあがった。
ようやく崩落と揺れが完全に収まったところで、タルタロスで一人待機していたイオンが飛び出してきた。


「一体何があったんですか?急に地震が起きたかと思ったら洞窟が崩れて…」
「イオン様、ご無事でしたか。」

駆け寄るイオンを前にジェイドは何事もなかったかのように立ち上がり問いに答えず返した。

「え、あ、はい。僕はずっとタルタロスの中に居ましたから…」

ジェイドのなんとも言い知れぬ雰囲気にイオンが戸惑っていると、ルークたちもゆっくりと意識を取り戻した。
その様子を安心したかのように見ていたイオンがあることに気付き周囲を見回しながら口を開く。

「…?はどうしたんですか?皆さんと一緒に洞窟に入って行ったのでは…?」
「・・・・・!」

イオンの当然でいて何気ない疑問が空気を重くした。
ジェイドはイオンから視線をそらしルーク達は俯く。
そんな中、ガイが一人膝を着いたまま拳を地面に叩き付けた。

「…俺のせいだ…!」
「え?…どういうことですか、ガイ。」

だれも事実を述べようとしない中でガイが小さく零した言葉にイオンは疑問符が重なるばかりだった。
イオンが詳細を聞こうとしたところで、突然ルークの肩に乗っていたミュウが耳をピンと立てて勢いよく地面に降り立った。

「ミュウ?」
「…ですの。」
「え?」

いきなり自分の肩から飛び降り、明後日の方向を見つめたミュウにルークが不思議そうに問いかける。
するとミュウは一度小さく呟いて何かを確信したかのような表情を見せた。

さんの匂いがするですの!こっちですの!!」

小さな体を駆使して全速力でミュウが駆け出した。

「あ、ちょっと待てミュウ!…って、おい、ガイも待てって!」

ミュウの言葉に弾けるように体を起こしてガイもその後ろを追う。
突然の展開にルークが数秒遅れて地を蹴った。

「私たちも参りましょうティア、アニス!」

ルークたちの背中が小さくなる前にティアとナタリアも駆け出した。
その後ろにアニスが着いていこうとした所をイオンが引きとめ問いかける。

「待ってくださいアニス、一体なにがどうなって…、に何があったんですか?」
「追々説明します!とりあえず今はミュウを追っかけないと!」

もどかしそうに言い切るとアニスはイオンの腕をつかみ、走る。
いつも以上に強引な、それでいて緊迫したアニスの行動にイオンは転びそうになりながらも慌てて着いていった。


「・・・・・・・・。」


そんな全員の背中が小さくなっていくのを後方からジェイドが無言で眺めていた。
そして、やがて何かを決意したように眼鏡を直すとゆっくりと歩きながら後を追った。



「この辺で間違いないんだなミュウ。」
「はいですの!」
「よし、ルーク手伝ってくれ!」
「あ、あぁ。」

ミュウの言葉を聴き、一足先に着いていたガイが、息を切らしながら追いついたルークにすぐさま声をかけた。
眉間に深いしわがより、いつも以上に押しのある声にルークが驚きつつ、巨大な石柱のような残骸をどかそうとするガイの横に立つ。



―ガイ…なんかすげぇ怖い…ガイじゃないみたいだ…


一瞬どうしたのかと問いかけそうになったが、今はが無事かもしれない微かな希望にかけようと積み重なった瓦礫をどかすことに専念した。
しばらく積み重なった巨礫を除けていくと、崩落の際に出来たと思われる空洞のような物に行き当たった。
ガイとルークがその場所に降りると、更に埋もれた地面の下から白い腕が二人の視線に写る。

「「!」」

二人の声が重なると同時に真っ先にガイがそこに駆け寄ろうとした。

「・・・・・!」

しかし、こんな危急存亡な状態でもガイの体質は己の足を地面に縛り付ける。
額を伝う汗が地面に落ちた。
動かない自分の震える膝の上で拳を握り視線を落とす。


―頼むから…!あと一歩なんだ…!!


意思の伝達を正常に行えない自分の体を叱咤する。
それでもガイの足はそれ以上近づくことは叶わなかった。

「…ミュウ、ティア達を急いでここに。それからルーク、俺が岩をどかすからお前はを。」
「わかった。」
「了解ですの!」

何かに当たってしまいたい衝動を押さえ込み、ガイは静かな声でルークとミュウに指示を出す。
両者が同時に返答すると、ミュウは後方に駆け出して行き、ルークは上半身だけうつ伏せの状態で微動だにしないの傍らに寄った。
それを確認するとガイは彼女の下半身を捕らえている岩の方へと走る。
右肩を岩に押し付け左手でそれを支える。そのまま全身に力を入れると、ズズという重苦しい音を立てて岩が動き始めた。

「…っ!」

大きく息を吸い両腕で押しのけると同時にルークが体を引き寄せた。
ルークがその場で座り込み、の体をそっと反転させる。
指先すらピクリとも動かない体に二人の脳裏に最悪の事態が過った。

!!しっかりしろ!!」
「ルーク!ガイ!」

目を閉じたままのにルークが呼びかける。
その間にミュウがティアとナタリアを連れてきた。
ナタリアはその惨状に目を見開き、両手で口を覆って息を呑み動きが止まる。
ティアも止まりそうになりながら急いでルークの傍らに座りの腕をゆっくりととった。

「…!かすかにだけどまだ脈がある!ナタリア、手伝って!!」
「えぇ!」

ティアの声に堰を切ったようにナタリアが駆け寄った。
ティアと真正面に位置するように座り込むと、互いに精神を集中させ詠唱の準備に入る。
そうしている内にアニスとイオンも辿り着いた。

…!」
「ね、ねぇ、ここってさっき崩落したばっかだから地盤とかゆるくなってて危ないんじゃない?先にタルタロスに運んだほうが…。」
「でも急がないと…!もし間に合わなくなってしまったら…!!」
「落ち着いてナタリア!今治癒術を使えるのは私と貴方だけなんだから。」

イオンが動けなくなってしまった側らでアニスが伺うように言う。
アニスが言ったことは紛れもなく正論ではあるが、一刻一秒でも早く治癒術を施さなくてはならないのも現状。
火急且つ極めて追い詰められた二者択一の状態にナタリアが嗚咽を紛れさせた様な声を上げた。
それをティアが諌めるのと同時に、ドン、と何かを殴ったような鈍い音がルークの耳に届いた。
ルークが不思議に思い音の聞こえたほうへ振り向く。

「…ガイ…?」

その視線の先ではガイが顔を地面に向けたまま右手で握った拳を岩に突きつけていた。
ルークがガイの口惜しそうな表情を見やり、独り言のような小さな声を出す。
しかし、小さすぎた問いかけはガイには疎か直ぐ横にいたティアにさえ聞こえはしなかった。



―こんな時にまで俺には何も出来ないのか…!



「待ってください。」

後方から突然異様に落ち着いたようなジェイドの声が届いた。
その声に全員が押し黙ると、ジェイドはの前に向かう。
静まり返ったその場所で土くれを踏みしめる、ジャリ、という音が反響してルークたちの耳に響く。
ゆっくりとしたジェイドの動向にガイが顔を上げて振り返った。
そんな全員を尻目にの直ぐ前に立つとジェイドはピジョンブラッドの瞳を向けてやがて閉じる。
一呼吸おいた次の瞬間にジェイドの腕には、シュン、という音をたて槍が握られていた。


「…ジェイ、ド…?」

ルークが伺うような不安げな声をかける。


「…そこをどきなさい、ルーク、ティア、ナタリア。」
「・・・・!」

ジェイドが槍を握りなおした。

「止めろジェイド!!」

ガイが走ってジェイドの前に立ちふさがった。
赤い目がガイを捕らえる。

「どいてください、ガイ。」
「どけるわけないだろ。を殺そうとするのを止めない限りな。」
「もしまたが操られて襲ってきたらどうするつもりですか。私たちはこのようなところで足止めを食らっていれらるほど悠長な立場じゃありませんよ。」

低い音域の声が衝突した。
二転三転と重いほうにしか転がらない空気にルークたちは息を呑む。

「で、でも大佐、を操っていた思念の光はルークが…」
「実体のない物を斬ったとして、それが完全な消滅であると断言できるのですかアニス。」
「…それは…。…けど、だからってを殺すなんてそんな…」
「そ、そうだよ。最終的には命がけで俺達のこと助けてくれたじゃないか。」
があの時意思を取り戻さなければ私達は確実に殺されてました。あの力をみたでしょう。
 それに、…どうやら皆さんお忘れのようですが、彼女は『仲間』ではなく『捕虜』です。」

後方から小さく縋るようなアニスの声にジェイドは振り返る事なく答える。
さらに言葉を濁すアニスとそれに便乗するルークに対してもピシャリと言い払い釘をさした。

が『兵器』という存在である以上、いつまた」
は兵器なんかじゃない!!意思も感情も持った俺達と同じ『ヒト』だ!
 …あんただって、本当はわかってるんだろ…?!」

ジェイドの言葉を遮りガイが怒鳴るように声を荒上げた。
いつも以上に鋭い青い瞳でジェイドを睨みあげる。ジェイドはそれを真正面から受け止めた。
痛いほどの沈黙の後ジェイドは小さく息を吐きレイピアを消す。

「…次はありません。どうなっても知りませんよ。」
「俺は、…俺達はを信じてる。」


そこで緊張の糸が切れたかのように空気が変わった。
ガイがまだ疑うような鋭い視線をジェイドに向けていたが、ジェイドは視線を落とし全員から少し離れ背を向けた。


「よ、よしじゃあ俺がおぶってタルタロスまで連れてくよ。」
「えぇ〜?お坊ちゃまがぁ〜?!」

ルークが場の展開を切り返そうと口を開く。
アニスがわざとらしく驚いたような声をあげるとルークはむっとした表情を浮かべた。

「だ、大丈夫だよ!」
「無理するなよルーク。」
「なんだよ、ガイまで!大丈夫だって…それに、ガイじゃ無理だろ?」
「・・・・!」




―『ガイじゃ無理だろ?』




判っていたはずの言葉が、痛烈にガイの胸を貫いた。
無論ルークに悪意はない、当然ガイもそれは理解している。
しかし、そうであってもこの状況でこの言葉はガイを打ち拉ぐには十分であった。


「・・・・・ガイ・・?」
「…!あ、あぁ、そうだな、…俺じゃ無理だもんな。頼むよルーク。」
「じゃあその前に一度治癒術を」
「私が運びますよ。」

急に黙り込んでしまったガイに不思議そうにルークが問いかけると、ガイははっとしたような顔を浮かべ無理に笑みを繕った。
そんなガイの挙動には気付かずティアがそう言い掛けた所でジェイドが声をはさんで振り返った。
懐疑にも似た不安げな視線がジェイドに集中する。
ジェイドはそれを受け流しながらの側に再び歩み寄った。


「ルーク、御自分ととの身長差を考えて下さい、効率悪くなりますよ?」
「あ、でも…」

ルークが何か言いかける前にジェイドはを横抱きにした。
はらり、はらりとぼろぼろに傷つき折れた背の翼から羽が落ちる。




―ヒトの肌は…こんなに白くて冷たい物だったでしょうか…





「…ジェイド…」

そのままタルタロスに向かおうとするジェイドの背にガイが声をかけた。


「…大丈夫ですよ、約束しましたから殺したりしません。それよりガイ。」
「…なんだ…?」
「この周囲に落ちている譜業装置の部品…おそらく崩落の影響で出てきたんでしょうけど…
 これらを使って何とかタルタロスの応急処置をお願いします。」

それだけ言うとジェイドはタルタロスにむかって歩き始めた。






「どうだ?」
「…なんとも言えないわ…」

タルタロスの一室のベッドにを運び終えると、ティアが自分とナタリア以外の入室を断った。
ジェイドはそのまま機関部の修繕を行っているガイの元へと向かい、ルークとアニスとイオン、そしてミュウは閉ざされた船室の前で待機していた。
数十分後、船室の扉が開きティアとナタリアが出てきた。
俯いたままのティアに問うルークの言葉に答える声は小さい。

「とにかく掛けられるだけ治癒術はかけたの。…外傷だけならなんとか出来るのだけど…。」
「治癒術は傷を治すことはできますわ、でも傷を受けた時の心身体への衝撃を打ち消すことまでは…
 もしもその受けた衝撃があまりにもつよすぎたら…。」
「そんな…」
「…僕にもなにかできればいいんですが…」

ティアの言葉にナタリアが補足を付け加えるとアニス以外の全員が俯いた。
暗く、そして重くなる一方の空気を身で感じながらアニスが慌てて場を繕うような明るい声をあげた。

「だ、大丈夫だよ!だってめっちゃくちゃ強いし…!きっとまたすぐ…」


『タルタロスの応急処置がなんとか無事に終わりました』


アニスの声を遮るように天井の電線管からジェイドの声が届いた。

「これからどうしますか、大佐。」
『座標を確認したら思っていたよりケテルブルクから離れていないのでこのままそこに向かいます。』


ティアの問いに答えると電線管の音が途絶える。それと同時にどことなく頼りない起動音を立ててタルタロスが動き始めた。





***





「失礼、旅券と船籍を拝見したい。」


決して早くない船足のタルタロスは1時間ほど掛けて全員をケテルブルク港へ無事に運んだ。
先に下りたルークたちの前に、港に立っていたマルクト兵がそう告げる。

「私はマルクト軍第三師団所属、ジェイド・カーティス大佐だ。」

早くを運びたいのにとルークが歯痒さを覚えた背後からジェイドがを横抱きにしたまま降りる。
予想外の上司の出で立ちに兵士は唖然とするしかなかった。

「し、失礼しました!しかし大佐はアクゼリュスで…それにその女は指名手配中の『大罪人』では…!」
「それらについては極秘事項だ。任務遂行中船の機関部が故障したので立ち寄った。
 事情説明は知事のオズホーン子爵に行う。艦内の臨検は自由にして構わない。」

軍の上位に仕える者の威厳を見せるとマルクト兵はそのまま何も問うことはなかった。
礼式として敬礼すると兵士は何か言いたげな表情を隠してジェイドたちを通した。





ケテルブルクについてから直ぐにルークたちはその町の象徴とも言えるケテルブルクホテルに足を運んだ。
本来なら医療機関に任せるべきであろうが、自国の指名手配中の罪人を、あろうことかマルクトが誇る『あの』ジェイド・カーティス大佐が連れてくれば騒動になるのは目に見える。
幸い、深夜に近い時刻であったためほとんど人目につかなかった。
ホテル内ではスタッフの視線が集中したが、ルークが彼女を背負いマントで翼を毛布のように覆って隠していたため
その目には『旅の同行者が待ちきれずに疲れて眠ってしまった』程度にしか写らなかった。
極力他の客にすれ違わないよう、偶然他の部屋に宿泊客の居ない最上階の部屋を取りその一室のベッドにを下ろす。
ナタリアとティアが祈るようにもう一度治癒術を掛けるがの目が開くことはなかった。
そんな中、ジェイドが一人知事への報告とタルタロス臨検および修繕に立ち会うと告げ部屋を出て行った。

「なぁ、今夜は交代での側にいようぜ。」

ジェイドが出て行ったのを見届けた後でルークが言った。

「ナタリアやティアみたいに治癒術は使えないけど、目が覚めても誰も居ないよりずっといいと思う。…俺がそうだったから。」
「え?」
「ユリアシティで目が覚めたとき、理由は違っても側にティアがいたってわかってなんかすげぇほっとしたんだ。だから…。」
「…ルーク。」

アクゼリュス崩落前のルークからは到底聞けないであろう言葉に全員が感慨無量な面持ちを見せる。
その提案を誰も無碍にすることもなく、とりあえずは「自分が言い出したことだから」とルークが先に部屋に残り、他の全員は各自の部屋で仮眠を取ることにした。


「でも驚いたなー、あのルークの発言には。」

ルークとを部屋に残して出てきたところでアニスがいった。
長い廊下を歩きながら全員が視線をアニスに向ける。


「そうでしょうか、ルークはもともと優しい人ですよ。」
「イオン様は人の悪いところ見つけるの苦手なだけですよぉ。」
「…でも、少しずつだけど彼は変わり始めてるわ。」

イオンが首を傾けながら言うとアニスがからかう様な笑みを見せる。
アニスの横を歩くティアが穏やかな表情でそう告げると、アニスの笑みはますます怪しげなものに変わった。

「そうだよねぇ、なにせティアがず〜っと側にいたんだもん。ルークってば幸せだよねぇ。」
「わ、私は別に…!」
「はいはい照れない照れない。」




―『ずっと側に』…か。




「ガイ?」

突然ティアの横を歩いていたナタリアがイオンの隣にいるガイに声をかけた。

「…あ、なんだいナタリア。」
「どうかしましたの?あの洞窟を出てきてからほとんど喋ってませんけど。」
「そう…かい?色々ありすぎてバタバタしてたからな。」
が心配なんでしょ?」
「あぁ…。」
抑揚の無いガイの声にイオンを挟んで立つアニスが下から見上げるように声をかけた。
ガイはその視線を一度受けてから床にそらしてそう答える。

「でもさ、ガイってが一緒に行く様になった最初の頃は結構警戒してたよね。
 そりゃ私やティアだって一応軍人だから念のため気をつけてはいたけど。」
「村を消滅させた上に兵を皆殺しにして脱走。警戒しないほうがおかしいだろ?…でも。」

ガイはそこで視線を床から天井に移して言葉を切るとそのまま、また黙ってしまった。

「…、目を覚ましてくれるといいのですが…。」
「だ、大丈夫ですよイオン様。…ほら、とりあえず私たちも少し休みましょ?ね?」

ぼそりと呟くイオンにアニスが励ますように言う。
然う斯う話している間に各自の部屋の前に着くとそれぞれが複雑な心境のまま入っていった。




―眠れない。


数時間後、あれから一睡も出来ていないガイは、腕を頭の後ろで組み枕を背もたれに窓に移る雪景色をぼんやりと眺めていた。
そのまま一度小さく息を吐くとベッドの脇にある薄い蛍色に発光する時計の文字盤に目をやった。
交代の時間にはまだ早い。しかしガイは、2時間ほど前に戻り隣のベッドで寝息を立てているルークを起こさないように部屋を出て行った。

「アニス。少し早いけど交代するぞ。」

そう言って部屋をノックする。

「・・・・?」

しかし中から返事は返ってこない。不思議に思ったガイがドアに手を掛けようとしたその時。


―バタバタバタ、バンッ!


「ぶっ!」


いきなり中から何かが突進してくるような足音が聞こえたかと思えば扉が突然乱暴に開く。
よけきれずに顔面にそれを食らうと顔を抑えながら1歩2歩とよろけるように下がった。


―最近こういうこと多いな…俺。

ガイがそんなことを思い巡らせているとアニスが緊迫した表情でガイの胸倉をつかんだ。
ガイの身の毛が一気によだつ。

「うおおおおお?!ちょ、やめろアニス!は、はな、離してくれ…っ!」
「こんな時にまで何言ってんの!大変なんだってば!」

身軽なはずのアニスの体当たりでガイは胸倉をつかまれたまましりもちをつく。
ますます近くなるアニスとの距離にガイの声は上擦るばかりであった。

「た、た大変ってどうしたんだ…?!」
がいないの!!」
「!?」

ガイの震えが止まった。
アニスがそれに気付き腕を離して一歩下がって距離を置くとガイが立ち上がる。

「ルークと交代してから1時間後位に私ちょっとうとうとしちゃって…ガイがノックした音で目が覚めたら…」

自分を叱咤するような口調で床に視線を落としながらそこまでいうと、今度はガイに縋るような視線を送った。

「どうしようガイ!まさかまた操られて…!」
「…そんな馬鹿な…いや、大丈夫だ、絶対に。」

自分自身に言い聞かせるように言い、そのまま真剣な面持ちでアニスを見る。

「いいかアニス。このことはティアやナタリアには言うな。俺とルークで辺りを探す。」
「で、でも。」
「こんな真夜中にあまりバタバタするのはまずい。それに…あの体じゃそんな遠くには行けないはずだ。」
「う、うん…。」

まだ納得しきれないアニスに自分の部屋に戻るように指示するとガイは急いで踵を返した。
そのままルークを叩き起こし、二人でケテルブルク全体を息が切れるのも忘れ走りまわるが何処にも姿は見当たらなかった。
ルークがもう一度周辺を探すと言った側らで、ガイはもしかしたらホテルに戻っているかもしれない、いや、むしろホテルから出ていなかったのではないか。
という縋るような淡い希望を胸に一旦ホテルに戻った。
ロビー、フロント、食堂、他のフロア、立ち入れる場所はすべて回った。
しかしを見つけることは叶わなかった。
ガイが一度自分達の部屋があるフロアの廊下に戻りそこを歩く。
『もしかしたら』。ずっとそんな確信の持てない希望しか抱けないままが寝ていたはずの部屋をのぞく。
だが、やはりそこは蛻の殻。いないとわかっていながらもガイは誘われるように部屋に入りベッドに歩み寄った。
月明かりが照らすそのベッドには白い羽が数枚落ちていた。
ガイはそれを拾い眺める。



―どこに行ったんだ……。


その時、部屋の入り口からひゅう、という音を立て風が吹き込んだ。
その風力でガイの手にあった羽とベッドの上に残っていたそれらがふわりと宙を舞った。

「…風?なんでホテルの中で…」

開いている窓はひとつも無い。ガイは不思議に思いながら振り返る。
ガイはまた誘われるように部屋を出る。するとやはりどこからか風が吹き込んできておりガイの金髪を揺らした。
自然とその足は風のほうへと向かう。しばらく廊下を歩いていると突き当たりに差し掛かる。それと同時にガイの頬に冷たい何かが当たった。
それを指でぬぐって見てみると白い結晶が雫になって伝う。

「雪…」

ここは雪国、降っていてもなにもおかしくない。しかし室内でこれにあたるとはどういうことか。
ガイは雪が舞い込んできた方に顔を向ける、するとそこには更に上に続く階段があった。
風もどうやらここから吹き込んでいたらしい。ガイは手すりに手をかけ階段を上っていった。

階段を上りきるとそこは展望用のテラスのようなつくりになっていた。そこに積もる雪が月光に反射して眩い。
ガイは一度目を細めて瞬きをした。そして目を見開く。


ガイの視線の先にはが立っていた。


「…こんな所にいたのか…」
「…ガイ…か…?」

どう声をかければいいのかわからずにガイは自然と口から出てきた言葉に身を任せた。
するとはこちらに振り返らずに言葉だけで応える。
いつもの服装とは違い、白いロングワンピースのようなもの一枚だけをまとったその格好では、折れた翼が痛々しい程にガイの目に映る。
約1日ぶりに聞こえた彼女の声がなぜかひどく懐かしく思えた。

「…アニスが心配してたぞ、またいきなり居なくなるから。」
「・・・・・・・。」

振り返らないの背に言葉を重ねる。しかし聞こえているはずの声には応えなかった。
吹き抜ける風がの黒髪とガイの金髪をさらりと撫ぜる。


「…隣、行ってもいいか…?」
「…お前が平気なら別に…」

の言葉を聴くとガイは一人気付かれないように深呼吸した。
なぜか、いまだけなら側に行ける様な気がしていた。
それは根拠も何も無い、単なる勘。しかしガイは積もったばかりの雪を踏みしめ歩み寄った。
一歩、また一歩少しずつ近づく。普段ならもう体が限界だと告げる距離にまで来た。
そこでガイは祈るように一度目を瞑った。そして思い切っていつも足が止まってしまうその距離から踏み出した。
ガイの足はガイをの直ぐ隣に運んだ。
体の小さな震えは収まらないが、この症状に駆られてから初めてここまで寄ることが出来た。

「平気なのか…?」
「はは、震えが止まらない、…情けないな。それよりお前こそ…。」

二人が立っていた場所はテラスの先端。転落防止のために比較的高目に作られた手すりに手を掛け、ガイは依然としてこちらを見ないを見て問う。
その問いには視線を落とし自分の右掌を見つめながら小さく口を開いた。

「目が覚めたとき、驚いた…私がまだ生きて、いや動いていた事に。」
「・・・『死にたかった』とでも言うのか…?」
「私はあの場所で思念と供に消えるべきだった。」
「よせよ、何言ってるんだ。」
手すりをにぎるガイの握力が強くなった。

「20年前、作られたばかりの私には『私』という意思も感情も無かった。頭の中に流れ込んでくる声のままに私は村を滅ぼした。」
「……」
「赤子を庇い命乞いをする母親を私は子ごと貫いた…、怯える人々を何のためらいも無く引き裂いた…!」

自分の手を握りしめ、だんだんと声が震え始める。
ガイはその様子を黙って見つめていた。

「そして数年後、何の因果か私に感情と意思が芽生えた。その時私は私が作られたときの記憶を消失した。
 自分がいつ何処で生まれ、どのように生きてきたのかも。ただ、村の惨劇のことだけは鮮明に残っている。
 その時から思念の声が弱くなり私は『私』として生きてきた。…だが…。」

そこで一度目を閉じた。

「お前達と出会った今になって私は思念に逆らえなくなった…!結果お前達を傷つけることに…。」
「でも最後には助けてくれただろ?あれはの意思じゃないか。」
「あれとて偶然の出来事に過ぎぬかもしれない…、もしあのまま意思を取り戻せなかったら私は今頃お前達を殺し、また新たに村を襲っていた…!
 初めてだった、自分の力と『失う』という事が恐ろしいと思ったのも。壊すことしか出来ないのならばやはり私は…!!」
「…っ、いい加減にしろ!!」
「!?」

ガイが突然怒鳴った。
初めて聞くガイの怒声には思わず驚いて振り向いた。
ガイは自分で怒鳴ってからハッとしたような表情を浮かべ眉間にしわを寄せ俯く。

「…悪い、急に怒鳴ったりして…。…でも…。」

手すりをぎゅっと握りゆっくりと目を開く。

「『壊すことしか出来ない』…?確かに20年前のときはそうだったかもしれない。だけど、今は同じ自分の力で何度も俺達を助けてくれただろう?」
「・・・・・・。」
「セントビナーで困っていた子供を助けたのも、コーラル城でアニスを守ったのも、アクゼリュスでイオンを庇ったのも。
 全部自身の意思じゃないか。そんな自分も全部否定するのか…?おかしいだろ。」

ガイはそこで視線を合わせた。

「頼むから…もう、『私を壊せ』とか『存在していたくない』とか言わないでくれ。」
「…しかし、私は…」
。」

再び視線を落とし俯く彼女の名をガイは穏やかな表情と声で呼んだ。

は感情も意思も持った『ヒト』だよ。俺達と同じさ、何一つ違わない。」
「・・・・・・!」

の目が見開いた。

「もしまた万が一操られるようなことになっても、絶対に俺が止める、助ける。だから…」
「…っ!」

突然が両手で自分の顔を覆いしゃがみ込んだ。

「!どうしたんだ?!大丈夫か?!やっぱりまだ具合…が…」

驚いて膝を着き様子を伺うガイが何かに気付いて言葉をとめた。
の目元から手の甲を伝い積もった雪の上に雫が落ちて小さな穴を穿つ。



「…泣いてるのか…?」

ガイが静かに問う間もポタポタと雫は落ち続けた。

「…おかしい、悲しくも、ないのに…なぜか、涙が止まらぬ…ガイの言葉が…暖かくて…」

涙でかすれたような声で言葉を紡ぐ。

「おかしいことなんかないだろ。悲しい事以外で涙を流せるのはやっぱりが『ヒト』だからさ。」
「…すまない…今までこのような…泣くなんてことなかった、から…止め方が判らない…」
「止める必要なんて無い。止まるまで全部流しちまえ。」

そこでガイはすっと自分の腕を伸ばし涙を拭おうと、手を頬に添えようと近づけた。
しかし、あと数センチという所でやはり震えたまま固まってしまう。



―限界…まだ無理、か



「…本当に、情けないな俺。」
「・・・・・?」

ガイは止まってしまった手を握り締めゆっくりとおろす。

「本当は胸貸すぐらいのことしたいのに…腕が止まっちまう。お前の涙を拭うことすらできない。…今ほど自分の体質を悔やんだことは無いよ。」
「…お前に無理はして欲しくない…」
「ハハ、それはどちらかっていったら俺の台詞だよ。」

小さく笑いながら、ガイは一呼吸置いてもう一度口を開いた。

「今の俺には何も出来ないけど…せめて、ここにいる。の涙が止まるまで側に居る…いや、居させてくれないか。」
「あぁ…すまない…。」
「また謝る。そうじゃないだろ?」
「そう、か。…そうだな、言葉を間違えた…」





「…ありがとう、ガイ。」











→Episode11




オリジナルストーリー終了です。ここからまたゲーム本編へとつながります。

これからゲーム中の台詞を収集してからの更新となるので、またしばらく空くと思いますがどうか気長にお待ちください…。

ガイのくっさい台詞は自分で書いていて蕁麻疹でそうです。(笑)


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理